ナターシャ・サン=ピエールNatasha St-Pier経歴(2001/05/11-05/16)

■(ナターシャ・サン=ピエールNatasha St-Pier経歴つづき)
参照元:Le site de référence sur NATASHA ST-PIER
―2001/05/11 マルク=オリヴィエ・フォジェル司会のテレビ番組『On ne peut pas plaire à tout le monde(みんなに好かれるなんて無理)』で(今週はユーロビジョンについてコメントし、先週はナターシャが出演した)、デルフィーヌ・キャンテリがナターシャはシングル、アルバムとも売れ行き好調と知らせた。いずれも売上上位に入っている(シングルは11位、アルバムは51位。カナダではアルバムはゴールド・ディスクを獲得している)
―2001/05/11 フランスのテレビ局TF1でナターシャを紹介するレポートが放送された。ガルーの前座をつとめたときのインタビューを放送。この2人のアーティストを結び付けている複雑なつながりがよく分かる番組だった。
―2001/05/11 フランスのテレビ曲キャナル・プリュスの番組『Nulle Part Ailleurs Midi(ほかのどこにもない正午)』で、マスコミ時評で有名なコロンブが、ナターシャやそのライバルたちを紹介するレポートとともにユーロビジョン・コンクールを紹介。
―2001/05/12 ナターシャは今日ロベール・ゴールドマン(別名ジル・キャプレ)作曲の『Je n’ai que mon âme』でコペンハーゲンのユーロビジョン・コンクールのフランス代表として出演する。彼女は曲の最後を英語で歌い、赤いドレスで登場する予定。土曜日にはみんなナターシャに投票するように呼びかけたい。参加国はすべて投票することができる(もちろんフランスは除いて)。デイヴとマルク=オリヴィエ・フォジェルの解説付きの放送はフランス3で21時から0時10分ごろまで。ナターシャ、がんばれ!
―2001/05/13 ナターシャはユーロビジョン・グランプリで第4位に終わった。第1位はエストニアのタネル・パダールとデイヴ・ベントンの歌う『Everybody』(198点)、第2位はデンマークのロロ&キングが歌う『Never ever let you go』(177点)、第3位はギリシアのアンティークが歌う『Die for you』(147点)、そして第4位がフランス代表ナターシャ・サン=ピエールの歌う『Je n’ai que mon âme』(142点)。フランスに12点を投票したボスニア、ロシア、ポルトガルには感謝しなければ。ナターシャはミス一つない歌唱。セリーヌ・ディオンは放送直前、少し彼女を呼び止めて励ましたそうだ。その黄金の声でナターシャはヨーロッパを制覇し、国際的なキャリアに一歩を踏み出した。
―2001/05/16 ユーロビジョンでの第4位という成績についてのナターシャのコメント記事。
「ナターシャ・サン=ピエールは第4位を喜んでいる
フィリップ・ルノー『ラ・プレス』
審判はモントリオール時間で昨日18時に下った。歌手ナターシャ・サン=ピエールはユーロビジョンの壮大なコンクールでフランス代表として、5月初めに発売されたセカンド・アルバム『À chacun son histoire』からのバラード『Je n’ai que mon âme』を歌い、第4位を勝ち得た。
(中略)
『私の目標は5位以内に入ることだったの。だから目標は達成したわ!』。結果の公式発表から数分後、ナターシャは喜びをあらわにした。輝かしいコンクールの第46回大会の結果に失望した様子は全くなく、ナターシャは自分の歌に十分満足している様子だった。『ステージの上では気分が良かったし、だから自分自身に満足しているの。こういうイベントってとてもプレッシャーだけど、終わった今ではずっと気分がいいわ』
そのプレッシャーは、彼女のマネージャであるギィ・クロティエも感じていた。彼は彼女の新たなキャリアの階段となる新しい舞台に付き添っていた。『ああ、プレッシャーの1週間だったよ。ガルーとのコンサート・ツアーを終えたばかりだったからね。先月4月3日のアルバム発売以来、プロモーションで駆けまわっていたし。だから結果にはとても満足しているよ。とくに去年は23人が参加して、フランスは23位だったんだからね!』
実際フランスはここ8年ほど良い数字を残していなかった。そしてコンクールで優勝したのは1977年のことだ...。今年は皆が期待をかけていた。ヌーボー・ブランシュヴィック出身の歌手ナターシャは、リハーサルの段階ですでに印象的で、多くの人々が彼女に注目していた。(中略)
『ここに来たことで多くのことを学んだわ。巨大なショーウィンドーのようなもので、世界中のとてもたくさんの人たちに見てもらえたわけだし。でも何よりこの経験そのものが貴重だった。プレッシャーの中でも歌えるようになったという意味でね』
しかしコンクールが終わったからといって、20歳の歌手ナターシャは休みを取れるわけではない。パリで1週間のプロモーション活動の後、モントリオールでもう1週間のプロモーション、続いてまたフランスに戻ってくる。『この夏はケベックで2か月を過ごすはずよ。一つは新しいアルバムの録音と、もう一つは休みをとるためにね』」