ナターシャ・サン=ピエールNatasha St-Pier経歴(2001/05/02-05/10)

■(ナターシャ・サン=ピエールNatasha St-Pier経歴つづき)
参照元:Le site de référence sur NATASHA ST-PIER
―2001/05/02 フランスのテレビ局、フランス3でナターシャに関するルポルタージュが放送された。
―2001/05/02 J.キャプレ作曲のシングル『Je n’ai que mon âme』発売。カップリングは同曲の英語版『All I Have Is My Soul』とアルバム『À chacun son histoire』収録の『Près d’une autre』の2曲。
―2001/05/03 ナターシャが前座をつとめるガルーのコンサート最終日。3月29日から始まって、特にオランピア劇場での4月2,3,4,14,15,16が評判だった。今後ナターシャは来週開催されるユーロビジョンの準備に専念する。いよいよ秒読みが始まった!
―201/05/04 ナターシャは23時20分から放送のマルク=オリヴィエ・フォジェル司会のフランス3の番組『On ne peut pas plaire à tout le monde(みんなに好かれるなんて無理)』に出演。マルク=オリヴィエは、デイヴとともにフランス3のユーロビジョン中継の司会をつとめる。ナターシャはLââmとソフィア・メタリ(2000年ユーロビジョンのフランス代表)の横にすわっていた。いつもどおりナターシャはリラックスして感じのいい雰囲気。5月12日のユーロビジョンでは『Je n’ai que mon âme』の3番の歌詞を英語で歌うと話した。
―2001/05/09 『Télé Star(テレビスター)』誌と『Gala』誌の今週号にナターシャの記事。
「『Télé Star』誌
ユーロビジョンでフランス代表となるカナダ女性歌手
ナターシャ・サン=ピエール『私は「新セリーヌ・ディオン」じゃない』
その晩、コペンハーゲンで、彼女はフランス代表として戦う。20歳のナターシャ・サン=ピエールはカナダのスターだ。ガルーはコンサートの前座に彼女を選んだ。
TÉLÉ STAR:一人のケベック女性としてユーロビジョンはどういう存在ですか。
ナターシャ・サン=ピエール:私はケベックの人間じゃないって!カナダの南東にあるヌーボー・ブランシュヴィックというところの生まれです。私たちの国ではユーロビジョンと言っても誰も知らないわ!この2月になって初めて、みんながユーロビジョンのことを話すようになったくらいかな。私の所属しているレコード会社がロベール・ゴールドマン(ジャン=ジャック・ゴールドマンの兄弟)作曲の歌を歌うように提案して、コンクールのフランス代表選定委員会で歌ったの。私が選ばれたと知ったのは、4月だった。
TS:ラッキーだったと?
ナターシャ:フランス代表として歌いたいっていう思いはあったから。みんなが私を励ましてくれたのでとても感動したの。舞台では、日に日に(ナターシャはガルーのフランス・ツアーで前座をつとめている)私の歌を受け入れてくれて、今では覚えていっしょに歌ってくれているの。感動的だわ。
TS:昔から歌手になりたかった?
ナターシャ:音楽の先生がコンサートで歌うように誘って下さったのは8歳のとき。それ以降、舞台が好きになったの。バンドといっしょに舞台に立って、マイクを握って、さあ歌うわよ!って。14歳でファースト・アルバムを録音して(フランスでは未発売)、17歳でモントリオールで一人暮らしするようになったの。リュック・プラモンドンが私を『ノートルダム・ド・パリ』の「フルール・ド・リ」役に選んでくれたのは、カナダのモントリオールにいたときね。
TS:みんなが声高にセリーヌ・ディオンと比べるのはイライラする?
ナターシャ:むしろ褒め言葉だと思ってるわ。だってセリーヌは、ずっと幼い頃から私のあこがれの歌手だから。でも、そんな風に言われると恐い気もする。私が彼女のマネをしたがっていると思ってほしくないから。私たちの違いもちゃんと見てほしいと思う。
TS:間違いなくこんなに忙しい中で、プライベートの時間はあるの?
ナターシャ:当面は何より仕事ね。私の最初の2枚のアルバムはカナダではとてもよく売れたの。この夏にはサード・アルバムを録音する予定。今度も成功するかですって?それはみなさん次第ね。」
―2001/05/10 ソニー・フランスの協力で、ナターシャはフランス国境にもっとも近いドイツ・ザール地方のザール・ラジオに出演。「ミュージックマガジン」という番組の「DOUCE FRANCE」と「FRENCH CONNECTION」というコーナーに出演し、シングル『Je n’ai que mon âme』が放送された。(『DOUCE FRANCE』は週一回フランス音楽を紹介するドイツ唯一のラジオ番組。1999年6月15日の初放送以来、最新のフランス音楽をドイツに紹介している。始まった当初は1920年代から70年代のオールディーズだけを放送しており、2:00までの45分間の放送。エディット・ピアフ、フランシス・キャブレル、シャルル・アズナヴールなどのフランスの歌手、フランコフォリなどの大きな音楽祭、ドイツで活躍中のフランス人歌手などを紹介。音楽の面でザール・ラジオは素材に事欠かない。ドイツ全土でもフランス音楽のコレクションは最も充実している。『DOUCE FRANCE』はビストロ音楽の録音も放送している。1996年からは、ラ・トルドュ、ヴィルジニ・ラミール、モワナ・エリクソン、エンゾ・エンゾ、ケントなど、現代の歌手も掘り起こして紹介し、国境をはさんで両側にいるフランス好きを楽しませている)
―2001/05/10 ナターシャにとって有望な記事が掲載。「第46回ユーロビジョン・グランプリ:フランスが一番人気」
「第46回ユーロビジョン・グランプリ:フランスが一番人気
2001/05/09 コペンハーゲン(AFP)―23人の候補を迎えてコペンハーゲン、パルケン・スタジアムで土曜日に開催される第46回ユーロビジョン・グランプリで、スウェーデン、スロヴェニアとならび、フランスが一番人気となっている。38,000人の聴衆と、1億から
1億2000万人のテレビ視聴者がその模様を見守る。
ナターシャ・サン=ピエールの『Je n’ai que mon âme』を聴いた後、多くの人々が『Listen to your heartbeat』を歌うスウェーデンの3人組フレンズや、『Energy』を歌うスロヴェニアのヌーザ・デレンダよりも、このカナダのフランス語圏出身の歌手を選んだ。
デンマークの国立競技場パルケン・スタジアムでの非公開リハーサルで、ナターシャ・サン=ピエールは印象的な声で、ライバルたちも含めて人々の心をつかんだ。
しかし彼女は、もう彼女のグランプリは間違いないだろうと思っている人たちを前にしても謙虚である。『人気のアーティストに入るだけでも光栄だわ。私にとっては、トップ10に入れば十分。上から5番目までに入れば幸せね。競争するのはとても好きだけど、負けたからといってうんざりしたくはないの!』と彼女は言う。
ナターシャ・サン=ピエールはケベックでの名声は高く、1988年、20歳でユーロビジョンのグランプリを受賞したカナダ人のセリーヌ・ディオンと比べられることに『満足』している。『セリーヌ・ディオンと比べられるのはうれしいことだわ。彼女には才能があるし、お気に入りのアーティストの一人だし。でも彼女のように歌いたいわけではないの』と20歳のナターシャはそう打ち明ける。ナターシャは8歳のときから歌っているのだ。
ユーロビジョンは公共テレビ放送局のデンマーク・ラジオ系列で放送されるが、記録的な観客数の恩恵を受けるだろう。
毎年開かれるこのヨーロッパの歌の祭典は1956年に始まったが、今回はユーロビジョンの歴史で最も重要となるだろう。
昨年のストックホルムでは18,000人だった観客が、今回主催者側では記録的な38,000人を期待している。主催者はスタジアムに350平米の巨大な舞台と、330平米のスクリーンを5個設置する。
またヨーロッパからカナダ、オーストラリア、日本、韓国にまでテレビ中継され、世界中の視聴者は1億2000万人と見積もられている。こちらも過去最高の人気となる。
さらに予算も6,000万クローネ(804万ユーロ)と過去最高。デンマークの人々はこのコンクールを観光の目玉になるとして、予算を惜しまずつぎこんでいる。
2回のリハーサルと土曜日のフィナーレに携わるスタッフはのべ8万人。土曜日のフィナーレは前売り券のみの入場となっている。
ブラックマーケットでチケットを手に入れたければ、グランプリのファンは350クローネ(47ユーロ)の立ち見席に3,000クローネ(402ユーロ)をためらわず払わなければならない。そして座席の場合は7,000クローネ(938ユーロ)になるだろう」