フランスの人気実力派歌手ナターシャ・サン=ピエール(Natasha St-Pier)

■今フランスでナターシャ・サン=ピエール(Natasha St-Pier)という女性歌手が人気らしい。たまたま愛用のmp3ダウンロードサイトにフランス語の題名で新譜が掲載されていたので、購入して聴いてみると、エレクトロポップのわりに非常に上品かつ繊細なアレンジで、何より歌い手のファルセットが美しい。しかも1曲目のイントロでいきなり「オハヨ、スミマセン、コンニチハ」と片言の日本語をしゃべっている。
これはインターネットで検索して調査しなければと思い立ち、Natasha St. Pierの公式サイトを見つけた。このサイトで新譜『Longueur d’Ondes(波長)』の1曲目、『Un Ange Frappe A Ma Porte(天使が私の戸をたたく)』のプロモーションビデオを見ることができる。このビデオは必見である。ああ、やっぱりフランス人もいまだに中国と日本の区別がついていないんだな、いつになったら西洋人は日本について正しいイメージを持ってくれるのだろうか、と嘆かずにはいられない内容になっている。
ビデオにおける日本文化の描写がとんちんかんなのはどうでもいいとして、とにかくPOPSとしては僕の非常に好きな部類の優美なつくりである。ナターシャ・サン=ピエール(Natasha St-Pier)のファルセットの美しさは、クランベリーズの影響を受けて歌唱法を変える以前の王菲(フェイ・ウォン)にとても似ている。日本人の女性歌手でここまで伸びのある艶やかなファルセットを聴かせてくれるのは、たとえば岩崎宏美くらいしか思い浮かばない。
ナターシャのファンサイトNatasha St-Pier – Onlineから経歴を翻訳しておく。
「1981年2月10日、カナダのヌーボー・ブランスヴィック州バトゥルスト生まれ。幼い頃から歌に愛着をもち、8歳のときアマチュアのショーで初舞台をふむ。力強く心を動かすたぐいまれな声によって、ほどなくカナダの人々を魅了する。初舞台の後に多くの公演や舞台に参加。
しかし本当の意味でのデビューは1992年、12歳のとき。Sweet People(スイスのイージー・リスニング系ボーカル4人組グループ)の公演へアラン・モリゾー(Sweet Peopleのメンバー)に招待されて参加した。同じ年、テレビに初出演。ナターシャは地域では有名人になった。
しかし誰もが知るスターになる前、ナターシャは優秀な学生でもあった。クラスではトップの成績で、生物学科に入学する準備をしていた。ちょうどその頃、歌の力で彼女は冒険の世界へと旅立つことになる。
1993年がその旅立ちを決定付けた年だ。彼女は「歌の力」というケベック州のコンクールに出演し、史上最年少のチャンピオンになったのだ。その後、彼女はためらうことなく多くのテレビ番組に出演するようになった。同じ年に最初の事務所と契約することになり、歌手の仕事にいっそう力を入れることができるようになった。
2年後の1995年、『Le parcours du coeur(心の路程)』という曲で、彼女はカナダ全土の60以上のラジオ局で注目されるようになる。そして1996年夏、スティーヴ・バラカットのプロデュースによるファーストアルバム『Émergence(出現)』を発売する。多くの人々が、たった15歳のアーティストの、衝撃的で驚くほど成熟したその声を初めて耳にした。このアルバムから多くの曲がケベック州のヒットチャート上位にランクインした。
1999年、18歳のとき、ナターシャ・サン=ピエールは新しい出発をとげた。ギィ・クルティエにプロデュースを依頼する重要な契約を結んだのだ。クルティエは彼女の中に将来の大スターの素質を見抜いていた。
同じ年、今度はリュック・プラマンドンがこの若い天才歌手の手をとり、ヴィクトル・ユーゴー原作のミュージカル『ノートルダム・ド・パリ』の「フルール・ドゥ・リ」役を託した。彼女のたぐいまれな声はすべての批評家の注目の的となり、本当に彗星のように現れた才能だと評された。
勢いに乗った彼女は、英語版のロンドン公演でも同じ役を演じ、英語によるアルバムも制作した。
しかしソロとしての彼女のキャリアもなおざりにされていたわけではない。ナターシャはギィ・クルティエと彼のバンドの助けを借りてアルバムを準備していた。ミラノでピエロ・カッサーノ(エロス・ラマッツォティとのコラボレーションで有名な作曲家)の下、録音を行ない、2000年4月10日『À chacun son histoire(人それぞれ)』をケベック州で発売した。そしてソニー・フランスがナターシャ・サン=ピエールの声に魅せられ、その年の秋にフランスでコロンビア・レーベルでアルバムを発売した。
 2001年、こうしてナターシャは大西洋の両側で、テレビでもアルバムでもデビューを果たした。」

フランスの人気実力派歌手ナターシャ・サン=ピエール(Natasha St-Pier)」への3件のフィードバック

  1. クレイジーポーカー 2 Crazy Poker 2

    岩崎宏美

    2005/07/30記 「岩崎宏美」を取り上げます。ヒロリンは、リアルタイムで好きな歌手でした。とても優等生の歌唱で、もしかすると歌が上手すぎて面白みに欠ける部分があるかもしれません。その点では、妹の良美ちゃんのほうが、やや癖があって面白味が…..

  2. ピンバック: ¥³¥Ô©`¥Ö¥é¥ó¥É¥¯¥í¥à¥Ï©`¥Ä¥á¥¬¥Í

  3. ピンバック: http://www.japanpcc.com

コメントは停止中です。