高橋源一郎『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』

高橋源一郎『ミヤザワケンジ・グレーテストヒッツ』(集英社)を読み終えた。短編小説24本に、A-1、B-1、A-2、B-2という具合に、レコードのA面、B面を模した連番が付けられている。24本の短編には一貫した物語や登場人物はないが、ところどころ同一の(?)人物が登場するなど、統一感と多様性の適度なバランスがとれた構成になっている。
それぞれの短編には高橋源一郎らしい独創性あふれた文体や主題が凝縮されていて、きわめて密度の濃い540ページで、純文学でありながらまったく飽きさせないのはさすがだ。主題の面でも、高橋源一郎らしく、希望と絶望、楽観と悲観、テクノロジーとノスタルジー、即物性と幻想性が、それぞれバランスよく交錯し、うんざりさせられる箇所がない。
それぞれの短編は宮澤賢治作品に触発されてはいるが、物語や設定に直接的な共通性はない。
A-1「オッベルと象」は人間にとってペットとは何かを主題にした短編。
B-1「革トランク」は世界のはじまりと終わりと、親子関係についての短編。
A-2「注文の多い料理店」は名作文学の題名をもじったアダルトビデオを企画するうちに本好きになり、トラウマをかかえたレズビアンのカップルを口説いて出演させるまでにこぎつけるという物語。
B-2「ポラーノの広場」は五万円も払ってセックスもせず、『ポラーノの広場』という謎の本について語り始める客と出会ったデリヘル嬢のお話。
A-3「飢餓陣営」は四人の若い男女が、何となくはやりということでネットによる集団自殺を図るお話。自殺の手段は餓死というところが気が利いている。
B-3「永訣の朝」は聴衆が自ら朗読するという奇妙な朗読会のお話。
A-4「セロひきのゴーシュ」は伝説のホームレスとして語り継がれる「ゴーシュ」が何故セロをひくようになったのか、その謎が明かされる。
B-4「氷河鼠の毛皮」は精神病棟の一室のような殺風景な部屋で、猫の幻影に悩まされながらも物語を書き続ける人物の話。
A-5「猫の事務所」は生まれてこの方「仕事」というものをしたことがない中高年のキムラさんが、初めて猫の事務所に職が見つかり、そこで働き始めるというお話。
B-5「二十六夜」は老人ホームに収容されている鉄腕アトムたピーターパンなど、往年のスーパーヒーローたちの末路に関する物語。
A-6「風の又三郎」は世界は「ちんこ」と「まんこ」がすべてだと思っている売れないホスト三人の鼎談。
B-6「祭の晩」は老年と生と死と記憶と睡眠導入剤による短編(これ以外に要約する手段のない静謐で深い短編)。
A-7「ビヂテリアン大祭」は子供たちが面倒を見たがらないので、やむなく糟糠の妻を老人病院に入れている老人男性が、正体不明の「国際老人会議」なるものに招待され、米国に旅行するお話。
B-7「グスコーブドリの伝記」は「本を読む」という行為を通じて、世界についての認識を徐々に形成していく鉄腕アトムの極めて哲学的・言語学的な内的独白。オチの部分にはもう一体、有名なアニメのキャラクターが登場する。他の短編の約3倍の分量がある。なお、この物語に「ネリ」というキーワードが登場するので要注意。
A-8「春と修羅」は徐々に認知症になっていく父親を冷静に見つめる娘の視点からの物語。
B-8「プリオシン海岸」は小学生の頃、クラスのいじめられっ子から授業中に回ってきた紙切れに書かれていた「プリオシン海岸」という謎の言葉に、数十年後、夕刊紙のデリヘル広告で出会い、電話をかけてみたところから始まる、生物の「個体」の定義をめぐる奇妙な時空間旅行の話。
A-9「やまなし―クラムボン殺人事件」は出会い系サイトの「さくら」をやっている男の一人が、山梨在住の客の一人をとんでもない格好で待ち合わせ場所に呼び出して大恥をかかせたことから殺されてしまうという物語。
B-9「ガドルフの百合」は何重にも入れ子になっている同じ夢から何度もさめるが、永遠に覚めない主人公ガドルフのヌーボーロマン風の物語。
A-10「なめとこ山の熊」は渋谷センター街を遊び場にしている芸能コースの女子高生3人組、シーちゃん(『天空の城ラピュタ』のシータ)、チヒロちゃん(『千と千尋の神隠し』の千尋)、キキちゃん(もう言うまでもないだろう)のお話。
B-10「虔十公園林」は虔十という小学生の男の子のクラスではやっているエロゲーのお話。
A-11「イーハトーボ農学校の春」は人々がつぎつぎと若返って、最後には受精前の卵子と精子になってしまうという奇妙な現象に襲われる農村のお話。
B-11「どんぐりと山猫」は裁判制度に関する哲学的な省察を、山猫と人間の裁判に関する考え方の対立を軸に展開するお話。
A-12「ざしき童子のはなし」は老夫婦の間にできた息子が「ネリ」という見えないお友だちとの交流にひきこまれるうち、最後には衰弱して死んでしまうお話。
B-12「水仙月の四月」は雪童子が雪婆んごとの対話から、「術」と「呪文」について考えを深めていく果てに他なる自我と出会う物語。
このように極めて乱暴な要約をつけてみただけでも、本作がとても多様な主題や文体、音色や旋律、色彩やタッチを豊かに含んだ、濃厚な短編集であることがお分かり頂けると思う。高橋源一郎の想像力の果てしのなさには、ただただ驚くばかりである。

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