テレビドラマのシンプルな弁証法

■テレビドラマ版より映画版の演出の方によく現れているのだが、このインターネット時代版の「美女と野獣」の物語は、寛容な母性によって男性の子供っぽさが救済されるという、非常にありがちな物語類型にはまっている。僕がこの年末年始にまとめて見たテレビドラマの再放送すべてに当てはまることだが、正義感に燃える教師と改心する生徒たち(『女王の教室』『ドラゴン桜』)、親の恩に命をかけて報い、改悛しようとする子供(『積木くずし真相』)、不可能な恋愛の成就という具合に、ありふれた物語類型にぴったりはまる脚本ばかりである。
これらをさらにまとめて一言で表現すれば「理想(きれいごと)の現実化」となるだろう。逆に言えば「理想の現実化」というありふれた物語類型どおりの脚本さえ書けば、テレビドラマはかなりの確率でヒットするということだ。当然、その対極に「非=理想の現実化」という物語のカタルシスが存在することになる。ああ、マスメディアが僕らにもたらすカタルシスは、とても単純な弁証法で動いている。
(いうまでもなく、ドラマの名前を一つだけ明記していないのはわざとである)