『ブリーフセラピーの登龍門』

■近所の市立図書館に立ち寄ると、新着図書のコーナーに心理療法書らしからぬ装丁の心理療法書があったので、思わず借りて読んでしまった。若島孔文・生田倫子編『ブリーフセラピーの登龍門』(アルテ)。
ブリーフセラピー(短期療法)とは、以前このページでも取り上げた『精神と自然』の著者グレゴリー・ベイトソンと、心理療法家ミルトン・エリクソンを「産みの父親」としてもつ心理療法の一種で、少ない回数の面談で来訪者に解決をもたらす手法とのことだ。本書はブリーフセラピーの本質を分かりやすく簡潔に、かつユーモアをまじえて伝えることに成功している絶妙の入門書と言える。心理療法書らしからぬ装丁もその一環として意図されたものに違いない。
ここ2年ほど精神分析、精神医学関係書を間をおいて読んできたが、学生時代に現代思想研究の必要から精神分析をかじったせいで、僕は長い時間をかけて来訪者の病根をときほぐす精神分析の手法こそ唯一正統な心理療法のあり方だと考えていたふしがある。
しかし本書を読むと、何か月も、場合によっては何年もかけて一人の来訪者の過去をさかのぼり、仮に病気の原因をさぐり当てたとしても、それを完全に取り除くことができるのだろうか、心の病を完全に解決できるなどということがありえるのだろうかと考えさせられる。ブリーフセラピーは心の病を解決するよりもむしろ、問題をそもそも問題でなくする、問題を「解消」するという、もう一つの心理療法のあり方、オールタナティブを提示しているようだ。
本書に引用されているエリクソンの「すきっ歯の女性」の事例はその典型だ。すきっ歯であることを気に病んで彼を訪れた女性に、エリクソンはそのすきっ歯を何かに利用できないかと尋ねる。水を飛ばすことができるかもしれないという答えに、エリクソンはすきっ歯の間からできるだけ遠く水を飛ばす訓練をするように提案する。女性はその訓練をしているところへちょうど入ってきた男性に、あやまって水をかけてしまい、それが縁になってその男性と結婚したという。
一つの問題を解決しようとする努力そのものが、かえってその問題を固定化する原因になっていることがある。問題解決の力は来訪者自身がもっている。すきっ歯の事例のように、問題解決のために使える資源はなんでも使う、などなど、ブリーフセラピーはロジャーズが提唱した来訪者中心主義を、本当に実現するための工夫に満ちている、とても興味深い手法だ。
ちなみに本書には、子供をもつパニック障害の男性の事例が引かれている。セラピストはその男性に対して、パニックが起こりそうになったら子供の腕相撲することを提案している。こうした介入の方法は、一般の人が日常生活でセルフセラピーをするのにとても参考になるのではないかと考える。ブリーフセラピー関連書は、何となく心の凝りがほぐれない人たちにとっての必読書かもしれない。