組織の統治における力の拮抗

■今朝の日本経済新聞「春秋」には先日のJR脱線事故について、JR西日本にはいまだに「国鉄一家」としての閉鎖性が残っているのではないかと書かれていた。事故原因として当初置石の可能性を強調し、身内である運転手をかばおうとしたためだ。
ただし日本で身内をかばう発想が弱い企業がどれだけあるか。中途採用者を次々受け入れて組織が拡大途上の企業でもない限り、社員の大部分が新卒採用の生え抜きといった日本企業なら、身内をかばう発想はむしろ避けられない。身内をかばう内向きの考え方があること自体が問題なのではなく、それに対抗して組織としてバランスをとる反対向きの力、客観的に自分の組織をチェックする力が存在しないことが問題なのだ。
客観的に自分たちの組織をチェックする「他者の視点」は、言うまでもなく意識して導入しようとしなければ導入できない。会社全体のガバナンスのレベルでいえばそれは今東京証券取引所が上場企業に対して義務付けようとしている社外取締役制度だったりするのだろう。
ITを仕事としている僕がITガバナンスのレベルで考えれば、「他者の視点」というのは利害関係のない第三者によるアセスメントやシステム監査であったり、特定のベンダーとべったりの関係になることを防ぐための、公正な調達プロセスであったりする。社内ITが「他者の視点」を欠くと、技術的なロックイン状態が起こって、技術の盛衰のリスクに対して脆弱な情報システムができたり、社員のモチベーションの維持に失敗したり、情報システムの品質を維持できずに「安物買いの銭失い」状態になったりといった弊害が生じる。大切なのは反対向きの二つの力が拮抗していることであって、身内の理論の存在そのものが悪なのではない。