まずは制度上の問題をクリアに

■今日の日本経済新聞朝刊一面に「石は投げた人に向かう」という大きなコラムタイトルが見えたので、てっきりこの「人」というのは日本人のことだと思った。ところがこの日中関係についてのコラムをよく読んでみると中国人のことらしいのだ。中国全土に波及しつつあるデモで事実として投石しているのはたしかに中国人だが、このコラムで小泉首相の靖国参拝問題と教科書検定問題が後半に付け足しのように述べられているのは、きわめてバランスを欠いている。こんな記事が経済紙の一面に載ってしまうのでは、日本全体が右傾化していると中国や韓国に解釈されても無理はない。ただし同じ朝刊の社説は首相の靖国参拝をきちんと批判的な観点から論じているので、日本経済新聞全体としてはバランスがとれている。
日中関係や日韓関係がこじれるたびに、この問題をイデオロギー問題だと勘違いする人が多いようだが、純粋に制度の問題だと割り切った方がいい。一つは教科書検定という制度があるために、まるで日本政府が一部の国粋主義的な教科書に「お墨付き」を与えているかのような印象を、中国や韓国に抱かせる。そもそもの元凶は検定制度にあるのであって、国粋主義的な教科書があったり、自虐史観的な教科書があったりする言論の多様性そのものには何ら問題はない(というより別の次元の問題としてちゃんと論じられるべきである)。
また、靖国参拝についても、そもそも30年前にA級戦犯を合祀してしまったことがすべての元凶なのであって、戦没者の慰霊施設を別に新設するなどの制度的な対応をとって、小泉首相にはそちらを毎年参拝してもらえばいい。
こういう制度上の問題を放置したまま、無神経に靖国神社に参拝したり、教科書検定を続けたりしていたのでは、中国や韓国から見れば、日本政府がわざと近隣アジア諸国の神経を定期的に逆なでして、彼らの不満や怒りを鬱積させているのだと解釈されても仕方ない。
まずはこれら制度上の問題を解決した上で、それでも「新しい教科書をつくる会」の言っていることには問題があるとか、それでも小泉首相が新しい慰霊施設ではなく靖国神社に参拝したいというなら、そのときに問題ははじめて政治的イデオロギーの領域に入っていく。
制度改革など単なる技術論の問題なのに、その努力を先にやらずに、中国や韓国の反応を行き過ぎたナショナリズムだと批判する権利は日本にはないと思うのだが。今の状態は、日本政府が単なる制度上の問題を、わざわざイデオロギー対立の問題にまでこじらせてしまっていると言える。これはあまりスマートなやり方ではない。
日本政府が靖国参拝や教科書問題がじつは単なる制度上の問題ではなく、その背後に日本政府として確固たる政治的イデオロギーがあった上で、教科書を検定し、靖国神社に参拝しているというなら、日本政府は意図的に中国や韓国を挑発してきたことになる。この問題が単なる制度上の問題でないならば、今回の大規模なデモはまさしく、日本が投げた石が、日本に帰ってきただけの話で、日本政府がこれまでおこなってきた中国や韓国に対する挑発の、当然の代償だ。

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  1. 江戸を歩く

    制度は官僚の逃げ道

    制度を問題の根源とするのは政治家の言葉だけど、元来官僚の言葉である。 制度は必ず