『ナイルの一滴』は2004年版『ろうそくの消えるまで』

■一日として矢野絢子『ナイルの一滴』矢野絢子 - ナイルの一滴を聴かずに眠る日はない。

知らないとこに行きたいな ひとり歩いて

大きな木陰で 雨宿りをしたい

風に揺れてどこまでも 青い草の中を

歩いてゆきたいな 柔らかな土の匂い

知らないとこに行きたいな 嘘だよ ほんとはね

ここにいたい ここに いたいんだ

僕はまぬけな顔をしてるだろ 泣き虫 弱虫で

おまけにへっぴり腰で てろてろおかしいね

    (『てろてろ』より)

嘘つきが眠るまえに映したものはきたない

ひとつしか面のない組み立て式の正義

嘘つきが眠るまえに映したものはきたない

落ちる前に巻き戻して塗りかえた太陽みたい

どこに向かってるのかしら

    (『嘘つきの最期』より)

悲しみは きれい

晴れた空に よく似てる

曇りの空は 死の光

雨の日は やさしいよ

つぷつぷしみこんでくる

地面のもっと下の方

つぷつぷ沈んでゆく

    (『わかれ』より)

こんな僕がここにいて もしか何にも生まれなくても

なるべく遠いところへ いちばん遠いところへ

強く祈りつづけたい

もう死にたいと泣いた君に 僕は何にも言えなかった

なるべく遠いところへ いちばん遠いところへ

強く祈りつづけよう

    (『ひとさじ』より)

レモンスライスほおばって スキップしながら

世界の最初が終わるから スキップしながら

新しい靴は歩きにくくて スキップしながら

さっぱりさわやかでちょうどいい具合

    (『レモンスライスほおばって』より)

ほうきが宙を舞ってても へっちゃらポイ

きれいな灰皿 冷たい水も へっちゃらポイ

そうさ お前 男だ

    (『ソリダスター』より)

強い風の音で目がさめた ゆうべの雨はどこへ 青い光

降りた受話器の静けさ ゆうべの君の涙声

みんな傷つけあって 楽しいんだ 僕も

苦しくて 悲しくて うれしいんだ 僕は

みんな嘘つきばかりさ だまされたいんだ

    (『かなしみと呼ばれる人生の優しさよ』より)

静かやね 十二月やのに

静かやね 足音もせん

季節の町に あふれかえした

どこもかしこも 自転車ばかり

横断歩道 一歩手前で

坊やはタバコに 火をつける

静かやね 十二月やのに

静かやね 真昼間やのに

ポスター張りの 坊やは何度も

店の主人に 頭を下げる

きっと幸せの 一歩手前で

ポスター丸めて 店を出る

    (『坊や』より)。

歌詞を少しご覧頂くだけでわかるように、とにかく暗い歌か、僕らが小学校時代のNHK『みんなのうた』のような歌ばかりである。かくも時代錯誤の歌ばかりピアノの弾き語りでのどが張り裂けそうに歌う矢野絢子という高知県在住の歌手は、いったい何者なのだろうか。僕にとって1969年の寺山修二作詞のアルバム、カルメン・マキ『ろうそくの消えるまで』をほぼ完璧に代替する『ナイルの一滴』は奇蹟のような一枚なのである。