NHK番組内容変更問題の「理想」と「自由」

■NHKの番組内容変更問題について、もう二言。
まず一言め。各放送局が組織内での「自己検閲」まったくなしに、ある意味で「偏向」した番組をどんどん放送しながらも、視聴者がそれらを正しく評価できるという社会の状態は、確かに実現がほぼ不可能な理想状態だ。しかし「戦争のない世界」も同じように理想状態である。「戦争のない世界」を追い求めることは悪いことだろうか。
つぎに二言め。放送の自己検閲にはいくつかの段階がある。番組企画者個人の内心での自己検閲、番組制作グループ内部での自己検閲、放送局内部での自己検閲、日本という国の内部での自己検閲という具合に、個人から集団に至る段階がある。どの段階までの自己検閲を認めるかというとき、その線引きをできるだけ個人の方へ寄せるのが自由主義の大原則ではないのか。放送局内部での自己検閲をあっさり認めてしまうなら、国家単位での自己検閲、つまり国家による報道統制の実現は簡単だ。この線引きを公共の福祉とバランスを取りつつも、できるだけ個人の方へ寄せる自由主義的な努力をあきらめるのれあれば、むしろ堂々と国による報道統制に賛成すればいい。その時は「国による報道統制に賛成」と発言することさえ統制されるだろうが。

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  1. Silly Talk

    自由と統制

     先日Link+トラバした「愛と苦悩の日記」というサイトから反応が。まずは、無礼