テーマと作風の不幸な結婚~古厩智之監督『ロボコン』

もう忘れてしまったのだが、最近借りた何かのDVDの冒頭にあった予告篇で『まぶだち』(2001年)という男子中学生が主人公の映画が紹介されていた。仙頭武則プロデューサによる「J MOVIEW WARS」作品第5弾とのことだが、監督の名前を聞いてハッと思った。古厩智之(ふるまや・ともゆき)。1968年生まれで矢口史靖と同じ世代だが作風はまったく違う。
この古厩監督の『この窓は君のもの』(1994年)を、僕は劇場公開当時、そのころ住んでいた名古屋のどこかの劇場で観ているのだが、その日付を正確に調べようと昔の日記を繰ってみた。すると驚いたことに、1995/07/12、『この窓は君のもの』というタイトルだけが記されているのだが、すぐ下の行に『裸足のピクニック』と書いてある。つまり僕は『この窓は君のもの』を観たのと同じ日に矢口史靖監督の劇場公開第一作『裸足のピクニック』を観ていたのだ。
こんな個人的な因縁はどうでもいいこととして、古厩監督は1992年、第15回ぴあフィルムフェスティバル(PFF)で『灼熱のドッジボール』という作品でグランプリを受賞している。この年のPFFでは矢口監督がPFFから奨学金を得て完成させた『裸足のピクニック』のプレミア上映会が行われているが、矢口監督のPFFグランプリ受賞はその2年前の1990年だ。古厩監督の『この窓は君のもの』もPFFスカラシップで製作された映画で、翌1993年のPFFでプレミア上映されているようだ。
僕は記憶力があまりよくないので『この窓は君のもの』についても細部は忘れている。けれども、主人公の女子高生(清水優雅子)が自転車で疾走するシーンや、軽トラックの荷台の移動撮影の気持ちよさが強烈に印象に残っていて、そのあまりの素晴らしさに劇場で肌を粟立たせながら観ていた記憶だけは鮮明だ。かなりゆったりとした長めのカットが多かった気がするので、移動撮影のシーンがなおさら印象的だったのかもしれない。ぜひもう一度観てみたいのだが、Amazon.co.jpで検索すると在庫切れ。インターネットで他を検索してもどうやら廃盤になっているようだ。
そういう経緯で『この窓は君のもの』から7年ぶりに撮影された古厩監督の長編『まぶだち』(2001年)を観たいと思い、TSUTAYAで探していた。すると『ロボコン』という作品の派手なパッケージが目に入った。ロボコンと言えばNHKの放送で有名なロボットコンテストのことで、きっと矢口監督の『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』と同じように、やる気のない高校生が打ち込める何かを見つけ出してやり遂げるという青春映画なのだろう、自分を鼓舞するために(何に対して鼓舞するのかはよくわからないのだが)ちょっと観てやろうかと手に取ったら、何と古厩監督の最新作ではないか。
『ロボコン』(2003年)は東宝の配給で、古厩監督の初メジャーデビュー作品ということになるらしい。主演が『世界の中心で、愛をさけぶ』の長澤まさみ。本作で長澤まさみの母親役として遺影だけで出演する水野真紀とともに東宝シンデレラということでの起用なのだろうか。それからロボット部の作戦担当として「チビノリダー」(と言って分かる読者がどれだけいるか)の伊藤淳史が出演している。こういうつまらないことから書き始めているのは、この『ロボコン』という映画、古厩監督自身が最大の「ミスキャスト」ではないのかという気がするからだ。監督は役者ではないのでこの表現はおかしいのだが、それでもやっぱりミスキャストである。
やる気のなかったロボット部の部員たちが、すこしずつ結束してついに全国大会で優勝するという、ハッピーエンドの青春映画なのだから、短いカットと省略法でポンポンとテンポよく話が進んで、くだらないギャグを織りこみながらも一気にクライマックスまで登りつめるといった脚本と演出を期待するわけだが、古厩監督の作風は本作のテーマと完全にミスマッチになっている。
DVDのパッケージにしても、ポスターや予告編の内容にしても、エンディング・テーマをTVタレントのこずえ鈴が元気に歌っていたりすることからしても、この映画を配給した東宝側は明らかに「スピード感のあるちょっとおとぼけ系の感動青春映画」が念頭にあるようなのだ。しかしこの映画はカメラがほとんど動かず、長まわしやロングショットが目立つ。ロングショットの冷静さは、主人公たちの情熱と食い違っている。
冒頭、長澤が間違って優秀な方のロボット部に案内されるシーン(案内するのは最近『パルコフィクション』の第5話「見上げてごらん」や『ジョゼと虎と魚たち』で観たばかりの荒川良々)がいきなり3分近い長まわし、合宿先の砂浜で長澤が設計担当役の小栗旬と話すシーンもやはりかなりの長まわし、ラストに向けてテンポが上がるかと思えば、クライマックスの全国大会をひかえた夜、ラーメンを食べながら長澤が「今日が永遠に続けばいいのに」というクサい台詞を言うシーンも、そうとう間延びした感じがする。
演技をしない演技、あくまでリアルさを追及するという古厩監督の演出意図は映画を観ていればはっきりするのだが、やっぱりこの映画ではテーマと齟齬をきたしているのではないだろうか。落ちこぼれ部員ばかりのロボット部が全国大会で優勝するという脚本は、明らかに矢口脚本的な「超ご都合主義」だ。脚本の展開がまったくリアルではなく、エンターテインメント性の高いのに、演出にリアルさを求めれば、当然、観客からするとちぐはぐに見える。
DVDに収録されている予告篇やTVコマーシャルを見て劇場に足を運んだ観客は、おそらく矢口監督的なエンターテインメント性を求めていたはずだが、映画そのもののことなどどうでもいい長澤まさみファンを除けば、じっくり見せる古厩演出に期待を裏切られたに違いない。『ウォーターボーイズ』という類似作品がすでにあったにもかかわらず、商業的にも失敗していると思われる。
その証拠として、DVDのメイキングで撮影中の古厩監督が、「感動できる映画にしてやるぞという気になってますよ、自分でこんなことを言うようになるとは思わなかったけど」といった意味の言葉を漏らしている。監督自身、ストレートで娯楽性の高いテーマと自分の作風のズレを感じながら撮影していたのではないか。監督/脚本の劇場公開第二作『まぶだち』(2001年)は自伝的作品で、ロッテルダム国際映画祭でグランプリと国際批評家連盟賞受賞を受賞しているという。こちらもぜひ観てみたいが、作家性の強い作品こそ古厩監督の本領であることには違いない。
そういうわけで『ロボコン』ではテーマと古厩監督の作風が不幸な結婚をしてしまっているのだが、移動撮影の爽快感は健在だ。この映画でもやはり長澤まさみがかなりスピードを出して自転車に乗っている。合宿先へ長澤と小栗が幌のない軽トラックの荷台に乗っていくシーンも、荷台の縁にもたれかかる小栗と長澤の背後を高速で流れ去る背景に、突然、海が広がる瞬間が何とも言えず心地よい。長まわしのカットやつねに引き気味の絵も、テーマを抜きにして一つひとつの絵として観れば美しい。次は作風にあったテーマの作品を観てみたい。