新『セサミストリート』に完全に失望

■今朝、2004/10から放送が始まっている新しくなった『セサミストリート』(第5回放送)を初めて見た。NHKが放送していたときとはまたく内容が様変わりして、がっかりさせられた。ただ、今回NHKが放送できなくなったのは、NHKが日本語版の制作を拒否したからで、日本語版制作はこの番組の提供元である「セサミワークショップ」の考え方だからやむを得ない。このあたりについて詳しくは、All About Japanの『子育て事情』(ガイド:河崎 環氏)の「新生セサミストリート裏事情」をご参照頂きたい。
要点は同ワークショップの日本側のパートナーとして設立されたセサミストリート パートナーズ ジャパンの以下の言葉に表現されている。「新しく始まる日本の『セサミストリート』は、日本の子供たちを取り巻く環境を掘り下げて、日本の子供たちのために日本のスタッフの手によって制作されました。 単なる英語教育番組ではなく、子供たち一人ひとりが、自分とは違う何かや、初めてのことをおもしろいと感じることができる『多様性』を持てるように」ということだ。
しかし、新しい『セサミストリート』のどこに「多様性」を見出せるだろう。完全に日本語、副音声なし。最後の方に短い英語のフレーズを紹介するコーナーがあるだけ。しかも今日の放送分で紹介されたフレーズは「Tastes bad」だ。登場するのは日本人と白人のアメリカ人だけ。その他の人種は一切登場しない。しかも健常者ばかり。日本語にしても、一つのマペットが関西弁をしゃべっていた他は、全員、標準語。セットは米国版のようなダウンタウン風でもなく、どこにも実在しない清潔で無表情な書き割り。さて、いったいどこに「多様性」を見出せるのか。
僕らの世代は米国版のオリジナルを見ることで、日本と米国の差異をはっきりと感じとれた。登場人物の顔立ちや街並み、言葉がまったく日常生活でふれるものとは違う。英語が分からなくても、愛らしいしぐさから伝わるメッセージがあるから、マペットたちの存在意義があった。
日本語を話すマペットを登場させるくらいなら、『セサミストリート』という道具にたよらず、はじめから自力で日本人向けの子供番組を作ればいいではないか。NHK教育テレビがやっているように、日本人キャスト、日本人のデザインした着ぐるみで、日本の文化的背景にもとづいた、日本語による番組を作ればいいのだ。
『セサミストリート』が日本で教育番組として何か価値をもっていたとすれば、それは良くも悪くも、アメリカという国をのぞく窓だったからではないのか。アメリカに対する最初の違和感とあこがれを感じる媒体だったからではないのか。僕らはアメリカという異国を通じて、はじめて世界の「多様性」を学んだのではなかったのか。
そのあこがれや違和感をキレイにそぎ落とされてしまった『セサミストリート』に、いったいどんな存在理由があるのか。米国の「セサミワークショップ」は残念ながら『セサミストリート』という番組が日本国内で持っていた存在理由を、完全に誤解したようだ。その誤解にもとづいてNHKから放送権を剥奪し、間違ったパートナーに与えてしまった。これもやはり米国人一般の、国際感覚の欠如の一端だろう。
This morning I watched the new Japanese version of Sesame Street for the first time. Some months ago Sesame Workshop(SW), original provider of Sesame Street, took away the broadcasting right from NHK (only governmental broadcasting corporation in Japan like BBC in England) and gave it to a newly instituted group called Sesame Street Partners Japan(SSPJ) as an official partner of SW. The mission of SSPJ is to teach Japanese children ‘diversity’. But the new Japanese version can never teach it. Everybody in the new Japanese version speaks standard Japanese, except for only one muppet speaking Western Japanese dialect. Only Japanese and white American appear. No black people, no Chinese, no Koreans, no people with different nationality appear. No differently-abled person appear. No English language, no German-accented English, no other languages are spoken. No American downtown street. There is just a nowhere set design with no characteristics. From this program, how can Japanese children learn ‘diversity’ of the world? When NHK still broadcasted American original Sesame Street, we as a child could learn at least the fact that America is quite different from Japan. The original Sesame Street was a kind of window through which we could watch how different the United States is from ourselves. The new Sesame Street in Japanese version has lost every good aspects the original one once had. Everything is Sesame Workshop’s fault because it is SW itself that obliged NHK to produce Japanese version. NHK rightly refused it because NHK knows Sesame Street has raison-d’etre in Japan as long as its American original version is being broadcasted. SW, as an ordinary American who knows little about outside of the United States, couldn’t understand NHK was right and gave the broadcasting right to a wrong Japanese partner, SSPJ. That’s too bad. C’est domage…