ジャック・デリダの死

■フランスの現代思想家ジャック・デリダが死んだ。
と言ってもこのWebサイトの読者のうち何人が彼を知っているだろうか。いや、彼を知っているとはどういうことだろうか。確かに僕は彼の名前を知っているが、当然のことながら彼と面識があったわけではない。おまけにフランス現代思想を研究する人々の間では、僕が彼を「知っている」と言えるほど彼の署名のある書物を読んでいるわけではない。むしろほとんど読んでいないと言っていい。彼の署名のある書物よりも、彼についての書物をたくさん読んでいるほどだ。
それにもかかわらずジャック・デリダという名前は僕の学生時代を、そのようであったものたらしめた。僕が大学でフランス語を専門に学ぶ学科を志したのも、日本で一級のジャック・デリダ研究者である高橋哲哉氏が教えていたからだった。
そして入学後は、高橋氏によるジャック・デリダの『暴力と形而上学』のゼミにも参加していた。しかしその頃ようやくジャック・デリダが参照していたエドムント・フッサールの『イデーン』を読み始めたばかりという始末だった。僕がジャック・デリダを「知っている」というときは、それほど不十分な知り方だった。
それでもなお、ジャック・デリダの死は、僕の大学時代が、かつて僕にとって現前していたにもかかわらず、今となっては不在であることの隠喩であるかのように、ジャック・デリダがかつて僕にとって主題化されていたにもかかわらず、今となっては「赤の他人」であることを示している。