理由を説明できない愚かな親

■電車の中のうるさい子供というのは土日に良く見かける光景だが、子供が元気なのは当然のこと、子供に場所をわきまえさせるかどうかは全面的に大人の責任だ。
今日隣の席に座った三世代の家族連れは、二歳と四歳くらいの男の子を祖母と母親がそれぞれ膝に抱き、父親は荷物を膝に抱えて並んで座席に座った。この四歳の男の子がとても元気で、今見てきたヒーローもののショーに相当感激しているらしく、決め技の名前を耳が痛くなるほど甲高い声で繰り返し叫んでいる。
こういう場合に親として子供に諭す内容は簡単だ。公園や広場で大声を出すのは良いけれども、電車の中やレストランなど室内で大声を出してはダメ、と言うだけのこと。騒ぐこと自体が悪いのではない。騒いでいい場合と悪い場合があり、その区別をしないことが悪いのだ。
ところがこの子の愚かな母親は子供に向かって「うるさくしていると車掌さんのところにつれて行くよ」とか「恐いお兄ちゃんが暗闇に引きずり込んじゃうよ」とか、支離滅裂な空想で子供を恐がらせて静かにさせようとする。それでもきかない子供に対して父親のほうは、男の子が大声を出すたびに野球帽の上から頭をポンとたたく。父親も母親も祖母も、電車の中で騒ぐことがなぜいけないのかを、騒いでいい場合との対比で説明することをまったくせず、ただ目の前のうるさいという事実だけに対して叱る。
こんなバカな親に育てられたのでは、この男の子も将来はきっと電車の中だろうが街のど真ん中だろうが、見境なく座り込んでコンビニ弁当を食い散らかす少年に育つことは間違いない。バカな親をもった子供は不幸だ。
先日NHKテレビで夜の街を歩いて少年少女を薬物の誘惑から守る無償の努力を続けている「夜回り先生」こと水谷修氏の特集番組が放送されていた。彼のことを僕が初めて知ったのは「ラジオ深夜便」に出演していた時だが、子供が不幸になる原因の大部分は大人の愚かさだという彼の意見には完全に賛成だ。今日電車で見かけたような、「場所をわきまえる」という最低限のマナーさえまともに教えられない両親は、学校教育に文句を言う資格はない。