フランソワ・トリュフォー『華氏451』

■マイケル・ムーア『華氏911』を観たので、参照元となっているレイ・ブラッドベリ『華氏四五一度』を読み、そして今日はフランソワ・トリュフォー監督『華氏451』(1966)を近所のTSUTAYAで借りてきて観た(結局水道代の領収証で無事会員証を入手できたというわけなのだが)。
6年前の「愛と苦悩の日記」にすでに観ているトリュフォー作品のリストが見つかった。『大人は判ってくれない』(1959)『ピアニストを撃て』(1960)『突然炎のごとく ジュールとジム』(1961)『二十歳の恋』(1962)『夜霧の恋人たち』(1968)『暗くなるまでこの恋を』(1969)『家庭』(1970)『野生の少年』(1970)『恋のエチュード』(1971)『私のように美しい娘』(1972)『映画に愛をこめて アメリカの夜』(1973)『アデルの恋の物語』(1975)『トリュフォーの思春期』(1976)『恋愛日記』(1977)『逃げ去る恋』(1978)『緑色の部屋』(1978)『隣の女』(1981)『日曜日が待ち遠しい!』(1982)。
以降『柔らかい肌』(1963)を観ているはずなので、残るは『水の話』(1957)『あこがれ』(1958)『黒衣の花嫁』(1968)『家庭』(1970)『終電車』(1980)の5本ということになる。
原作にあるさまざまな近未来の舞台装置、たとえばロボットの猟犬や壁面テレビなどが映画の中でどのように表現されているかというのも一つの興味だったのだが、そんなことはどうでもよくなるくらいに極めてトリュフォーらしく映像が美しい映画だ(ちなみに機械の猟犬はトリュフォーの映画では完全に省略されている)。
テクニカラーで強調された焚書庁の真っ赤な壁面や、意図的に選択された時代錯誤なデザインの電話や食器、主演のジュリー・クリスティの服装。ロンドン郊外にある画一的な住宅やモノレールなど、近未来を意識したロケーションも、トリュフォーの決定したフレームに収まると機能的な美しさが引き立つ。
確かに署長を殺害して逃亡する主人公モンターグを空から追跡する飛行部隊、ロサンジェルス・オリンピックの開会式で競技場に降り立ったロケット人間を思い出してもらえばいいのだが、この映画ではブルーバックの特撮になっており、人物を吊り下げるピアノ線がはっきり見えているのが情けない。
焚書隊(DVDの字幕は最後まで「消防士」となっている)の出動シーンもテレビのヒーローものを見慣れた僕らには多少滑稽な感じがするが、この二点以外は監督の美意識が徹底されたとても美しい映画だ。とりわけ最後の部分、book-menの暮らす村落の風景と、最後の雪のシーケンスは美しい。
このDVDには制作に関わった人々と原作者ブラッドベリのインタビューが50分近くにわたって収められており、実はこのラストシーンの雪は偶然、奇跡的に降ったものらしい。book-menは焚書に抵抗し、一人一冊ずつ本を丸暗記することで未来に過去の記憶を伝えようとしている人々という設定で、死につつある老人のbook-menが少年に自分の記憶した本の内容を教え聞かせている場面がラスト近くに登場する。その本の内容の通りに雪が降り、少年は死につつある老人に代わって本を後世に伝える。
作曲のバーナード・ハーマンは『めまい』(1958)『北北西に進路を取れ』(1959)『サイコ』(1960)『鳥』(1963)など、長くヒッチコック作品の音楽を担当していたが、ちょうどこの頃ヒッチコックから解雇された直後、トリュフォーに音楽を依頼されたという。