阿部和重『ニッポニアニッポン』

■と、かなり攻撃的な文体になっているのは、ついさっき阿部和重『ニッポニアニッポン』(新潮文庫)を読み終えたばかりだからかもしれない。
いわば反体制テロリズムの戯画小説で、主人公が意図的に卑小に書かれている。主人公の片思いの恋人、というより主人公のストーカー行為の被害者と主人公との関係についての描写が小出しにされていたり、トキ襲撃の計画が構想されていく経過と主人公の過去が交互に物語られるなど、基本的な語り方の技術は阿部氏の他の小説同様、凝っていて読ませる。
ただ一つ、これは単に僕の読解力が不足しているのかもしれないが、主人公を三人称で語りつつ、トキの襲撃現場に駆けつけて主人公に刺殺された警備会社の社員も、ネット上で主人公に拳銃を売りつけるフリをした中学生も、同様の三人称で語られている理由がよく分からなかった。主人公と他の二人は明らかにこの小説で果たす役割の重みが異なるので、セクションを分けるだけで、まったく同じ語りで処理するのはどういうわけなんだろうか、という疑問だ。どなたかお分かりの方は教えていただきたい。