TSUTAYA新会員制度の不可解さ

■先日このWebサイトのエッセーでTSUTAYAの新会員制度で現住所を確認する書類としてパスポートが使えないのはおかしいということを書いたのだが、タイミングのよいことに先日の日本経済新聞でまさにその話題が取り上げられていた。
TSUTAYAの事例が紹介されていた点まで一致しており、まさか日本経済新聞の記者がこのWebサイトのエッセーを読んで取材する気になったとは考えられず、偶然の一致とはいえ、僕のエッセーが日本経済新聞の特集記事を予告するかたちになってしまった。
その記事の趣旨は、あの僕のエッセーに対してメールを下さった某読者の方と同じで、現住所部分が手書きの書類は現住所の確認書類として認められないということで、記事にはさらに身分証明書類を悪用した詐欺犯罪などの横行が、TSUTAYAなどの企業に慎重な姿勢をとらせていると分析してあった。ただ、だからといって健康保険証やパスポートにある手書き住所は信用できず、公共料金の領収書に印刷されている住所は信用できるという理屈はまったく理解できない。
公共料金の領収書なんて、集合住宅であれば一階の郵便受けの下に落ちているのをよく見かけるほど粗末に扱われるものだが、健康保険証やパスポートをぞんざいに扱う人はまずいないだろう。個人にとって両者の重要性がそれほどまでに異なっている事実を完全に無視して、単に印刷されているか手書きかという点だけに注目する理由は何なのだろうか。まったく無意味な形式主義だとしか言いようがない。
パスポートには写真があるので、そのパスポートが本人のものであるかどうかの確認は店頭でも可能だ。だとすれば残る可能性は、その本人が、自分のパスポートに嘘の住所を書くような人物かどうかだが、自分のパスポートに嘘の住所を書くことで一体誰が得をするというのか。パスポートに嘘の住所を記入してまでTSUTAYAで不正を働こうという人物が、わざわざ顔写真つきのパスポートを身分証明書として提示するなどという、犯罪者として間の抜けたことをするだろうか。
逆にそこまでして不正を働きたい人物なら、引越す直前か直後に会員登録するだろう。そんな希少なケースのために、会員になるすべての人に現住所の証明書類を提出させるのは、顧客管理の費用を顧客に転嫁しているだけだ。それがTSUTAYAの傲慢さでなくてなんだろうか。
百歩譲っても健康保険証だけは単独で有効な本人確認書類として認めるべきだろう。ご存知のように一度にレンタルできるDVDやCDの枚数には限度がある。延滞が生じて本人に連絡がつかなくなっても、TSUTAYA側の損害はたった数枚のメディアの仕入原価だけだ。店頭での万引き被害に比べれば、そのようなケースによる被害額は微々たるものなのではないか。TSUTAYAほどの大企業がそれっぽっちのコストさえ顧客に転嫁するのは馬鹿げている。むしろTSUTAYAという企業は一体どうしてしまったのだろうかと心配にさえなってくる程だ。