鳥飼玖美子『歴史をかえた誤訳』

■読みたい本が次々出てきて気持ちばかり空回りする時期と、読みたいと思う本がまったく見つからない時期があるのだが、今は後者にあたっているので書店に入っても、さて、一体何の本を読んだものかと途方に暮れる。そうやって何も本を持たずに毎日通勤していると、電車の中の時間を、先日の日記で予告したとおり買い換えたauの200万画素CCDカメラ付き携帯電話(ちなみにカシオ製、渋谷道玄坂下のビックカメラで本体1円)で無為に過ごしてしまうものだから、無理やり買ったのが鳥飼玖美子著『歴史をかえた誤訳』(新潮文庫)。
新入社員のころ先輩のオジサン中間管理職が「最近はノンフィクションしか読めなくなってきた」と自虐的に語っていたのを思い出しつつ、こうして読む本がなくなったときに純文学を選べなくなった自分も、いよいよ中年男性会社員としての焼きが回ってきたかと思わないでもないということはさておき、この本についてはこのページの読者の皆さんに対しては「読む必要はない」の一言だけ伝えておく。何せ内容のほとんどが引用で著者独自の論考など一つもない。通訳者の書いたものを読むなら米原万理の著作にしておくべきだ。そういうわけで今僕は米原万理著『魔女の1ダース』(新潮文庫)を読んでいる。