日本経済新聞の不当に激しいカネボウ批判

■花王によるカネボウの化粧品事業買収が破談になって以降、日本経済新聞はカネボウの対応をさんざんにこきおろしているが、何を正義漢ぶっているのか理解に苦しむ。
花王の提示した4500億円という金額は経済合理主義の観点から見ればカネボウというブランドにかなりのプレミアをつけていることになるらしいが、経済合理性をはみ出す部分こそブランドの持つ価値ではないのか。はたして非経済的価値のまったくないブランドなんて存在するだろうか。
ルイヴィトンやベンツはただ値段が高いというだけでブランドとしての価値を維持しているのではない。ブランドの持つ歴史や文化的な文脈が舞台装置となって初めて主役としてのブランドが独自性や存在価値を持つのだ。花王が経営するカネボウなどもはやカネボウと言えない安っぽさがただよう。花王に買収されるくらいなら自らの手で歴史の遺物としてカネボウを葬るのも一つの選択肢だ。
日経の記者が経済という領分を守る限りはカネボウの対応を経済的観点から批判するのも許されるが、カネボウは国民の税金を無駄にしているなど、その論調はまるでカネボウが犯罪者であるかのようだ。日経が経済という領分をはみ出してカネボウを倫理的に非難するのであれば、カネボウというブランドにも非経済的な価値を認めるべきである。ブランドに非経済的な価値を認めれば、醜態をさらしてまでブランドを死守するカネボウの行動はただ非難してすまされるものでないことは明らかだ。