楽観的な人々はリスクマネジメントに不向き

■楽観的な人々は、会社員の心の健康と、リスク・マネジメントの問題には手を出さない方がいいのではないか。先日読んだ斎藤環の本に、米国と日本では病気と正常の境界が異なるということが書いてあった。米国ではふつうの人でも日本では躁病と診断されるおそれがあるし、日本ではふつうの人でも米国ではうつ病と診断されるおそれがある。
これは欧米人と日本人が混在する職場では深刻な問題になりうる。陽気な欧米人上司が日本人部下に対してふつうに接しているつもりでも、すこし内気な日本人部下は明るすぎる欧米人上司のために、精神的に疲れ果てることがじゅうぶん考えられるし、欧米人上司がたんなる議論のつもりで意見していても、言われた日本人部下の側はいじめやパワーハラスメントと解釈するおそれがある。
また、リスク・マネジメントについて、楽天的で陽気な欧米人が日本の経営環境でバランスのとれたリスク感覚を持つことはとても難しいと思われる。彼らは東海地震や、東京都心でイスラム過激派のテロが起こる可能性に過敏であるわりには、高速道路を猛スピードで飛ばして平気である。まるで高速道路で死ぬ確率よりも、地震で死ぬ確率の方が高いとでもいうように行動しているが、日本人からするとリスク感覚が完全にズレている。
他の例をあげれば、業績の悪い企業は、外部からネットワーク経由で侵入されて情報を盗まれることよりも、内部の人間が少ない給与を補うために意図的に機密情報を売りわたすことを心配すべきである。外部の犯罪者にとって業績の悪い企業はそれほど魅力がなく、自ら危険を冒す価値もないから、内部の人間がすすんで情報を売りわたしてくれるまで待てばよい。
欧米人はマスメディアによって日常的に脅されているせいか、外部からの脅威にばかり敏感なようだ。テロにしても地震にしても外部からの不意打ちだが、そうしたリスクには敏感なわりに、自分が毎日運転している自動車という「内部」のリスクにはおそろしく鈍感だ。同じように情報セキュリティに関するリスクについても、外部からの攻撃や侵入、そして内部の人間によるあからさまな違法行為などに対してはおそろしく敏感なくせに、内部の人間が隠れて働く背信的な行為については鈍感だ。
心の問題に対する鈍感さと、リスクについての不均衡な感覚は、どちらも楽天的でポジティブな精神性が原因と思われる。楽天的でポジティブな人間は、人格としてバランスを欠いているのだ。