斎藤環『ひきこもり文化論』

斎藤環『ひきこもり文化論』(紀伊国屋書店)を午後、図書館で借りてきて一日で読んでしまった。2003/12/25に出版されたばかりの新刊を見つけてうれしくなったのと、ひきこもりについてまとまったものを読んだことがなかったのが本書を手に取った理由だ。
ひきこもりと言えばテレビ朝日『ニュースステーション』の解説者が「ひきこもりは贅沢」と発言して物議をかもしたことが記憶に新しいが、逆にひきこもりを擁護する立場からもそうしたイデオロギー的な発言が多いようだ。僕自身もそのどちらにくみするべきなのか判断しかねていたが、本書を読んで、むしろいい加減な判断をするよりもまずひきこもりの良し悪しについてのイデオロギー的な判断を停止し、斎藤環氏のような「啓蒙家」や、ひきこもり当事者の告白などのひきこもりに関する多様な言説に耳を傾けることが大切なのだということを理解した。
はっきりした判断をしないという立場は、この問題に限らずとても微妙で繊細な立場なのだが、メディアに流布する善悪の明確な言説によって偏見を育てることを避けるには、そのような立場をとるしかない。これは先日『白い巨塔』批判で書いたのと同じことである。