裸の王様を産みやすい日本企業の残酷さ

■会社というのはつくづく残酷なところだ。会議である人が明らかに矛盾したこと、会社や部門の方針にそぐわないことを発言し、多くの人がそれに気づいているのに、その人の気分を害したくない、その場の雰囲気を悪くしたくない、人間関係を悪くしたくないというさまざまな配慮からその事実を指摘せずに済ませてしまう。
発言をした本人は自分の考え方がおかしいということに気づかないどころか、反対に、その場にいた全員が自分の考え方に賛成してくれてたという勘違いをしたまま会社で仕事をつづけ、ますます自分の考えに自信をもったような言動をエスカレートさせていく。
こうなってしまうと、賞与が減ったり、他の部へ異動させられたりなどといった決定的なかたちで現れるまで、本人はその誤解に気づかない。多くの日本人は組織としての和を乱したくないためにこのような行動をとりがちなので、その中で自分の誤りを、正しいと信じてしまわないためには、つねに自分で自分の言動を疑うように習慣づけるしかないのだ。つまり日本人の組織の中で、勝手な思い込みによるリスクを避けるためにもっとも有効な方法は、自信を持たないこと、つねに自分を疑うことになる。