保坂和志を生んだのは古き良き時代の西武帝国

■講談社文庫版のあとがきは保坂和志自身が書いているが、『プレーンソング』のような小説を中里介山の『大菩薩峠』のように書き連ねていけたらいい、などということが書いてあって、単純にすごいと思った。
そして彼が西武百貨店が主催する文化教室の企画のようなことをやっているサラリーマンで、哲学研究家の木田元などを呼んだりしていたということを読んで、「おいしい生活」なんてコピーで一世を風靡していた古きよき時代の西武百貨店があったからこそ保坂和志は生活に困らずに小説の構想をあたためられたのだと考えた。あまり関係ないかもしれないが。