サラリーマンの擬似「倫理観」

■先日の日記に書いたように、一般的にサラリーマンは会社に雇われることによって、何が本当の意味で良いことなのか、悪いことなのかという判断を停止している。多くの場合、そのように倫理的判断を停止したことそのものについて自覚がない。
その理由は、本当の意味での倫理的判断を放棄するかわりに、サラリーマンが「倫理観のようなもの」を手に入れるからだ。それは、会社のために自分を犠牲にするという行動で表現される。
一般的なサラリーマンが、長時間の残業や休日出勤、自宅に仕事を持ち帰るなど、会社に対して献身的であったり、自己犠牲的であったりすることにそれほど苦痛をおぼえないどころか、逆に充実や満足さえ感じるのは、それによって自分がある種の職業倫理とでもいったものを実行していると信じているからだ。