動物をスチルカメラで撮影する意味

■最近動物園の話ばかりで申し訳ないが、今日も井の頭公園の動物園で写真をとりながら動物たちの愛らしいしぐさに癒されていた。
井の頭公園でいちばん良かったのはアライグマと「リスの小径」だ。後者では数十頭のリスが飼われている大きな檻の中を歩いていくので、足元を胡桃をくわえた俊足のリスが何匹も駆け抜けていく。穴を掘って餌を隠す習性があるらしく、男性客のナップサックまで上って来た一匹が、そのポケットを穴と勘違いして掘り返そうとしていた。僕の構えたカメラのレンズフードを木の枝と思って上ろうとしたリスもいた。「ふれあい広場」で膝の上にテンジクネズミを載せると存外温かかったのも印象に残った。
動物は動きが愛らしいのだから写真を撮るのではなくてデジタルビデオで撮影したらどうかと考えた。しかしビデオでは編集が大変ということ以上に、演出をつけられない動物を撮影したのでは単に自分が見たものをそのまま再現するだけになってしまうという。
そこから写真でなければならない理由を考え始めた。ビデオは1秒間に30コマ、撮影したものを静止画面にしても1/30秒のシャッタースピードにしかならない。写真ならかなり遅めのシャッターだ。晴れた日にひなたぼっこしているゾウを撮影すれば、絞りを8くらいに絞ってもまだ1/250秒程度の速さにはなる。遠くから手もちカメラの望遠レンズでねらっても手ブレの心配はなく、ピントが正確であれば皮膚のシワシワが肉眼で見る以上にリアルに映り、こんなに皮膚が乾燥していて大丈夫なのだろうかと心配したくなるほど。
こんな絵はビデオでは絶対に再現できない。羽毛の一本まで明瞭なアヒルの絵もビデオでは無理。つまり「超高速度撮影ができるデジタルビデオ」のようなものが市販されない限り、一般市民が数百分の一秒の世界を目撃する手段は一眼レフのスチルカメラしかない。そう考えると、スチルカメラでなければならない理由というのは立派に存在するのだ。