曽我ひとみさん手記の美しい一文

■昨日の日経朝刊社会面に北朝鮮の拉致被害者、曽我ひとみさんの手記が掲載されていた。「です・ます」体と「だ・である」体の混じった特徴的な文体だが、よく読むとちゃんと使い分けられている。主調は「です・ます」体で読者にむかって語りかけているのだが、ところどころ自分自身に言い聞かせる独白の部分には例外なく「だ・である」体が使われている。彼女が帰国以来、公の場で使う日本語は、ひとり家族と離れて暮らす孤独をかみしめるときの日本語とはまったく別の言語だということがわかる。
この手記で「だ・である」体を使って書かれている文の中でももっとも美しいのは間違いなく次の部分だろう。「面白いもので、店に行くとつい自分も知らないうちに十九才の買い物をしてしまうことがある。今は四十四才なんだ。でもまだ心の片隅には、十九才の時の気持ちがあるのだろう、一人で後で考えるとバカみたいに思う事もある。」
■笙野頼子『タイムスリップ・コンビナート』(文春文庫)収録作品のうち表題作だけ読み終えた。言葉による造形力は秀逸だが『さようなら、ギャングたち』のような種類の感動はなかった。