桜木町の改札を出ると人波のほとんどが南側にあるみなとみらいを目指して流れていく

■桜木町の改札を出ると人波のほとんどが南側にあるみなとみらいを目指して流れていくが、僕は北へ進んで地下道をくぐり、野毛山にむかう坂道をのぼっていった。競馬新聞を手にした地味な身なりの中年男性がいやに多いと思ったら、途中にWINSがあった。WINSの手前には露天の予想屋もいた。山の手といっても桜木町の北側はお上品とは言い難く、家族連れが歩く道ではない。しかし通りの名前は「動物園通り」で、中央図書館を左手に見ながら坂道をのぼり切ったところに動物園がある。財布を出して受付の窓口に歩み寄ると、そのままどうぞと門を指し示された。入場が無料だということを知らなかったのだ。ここは今まで訪れた、東武、上野、多摩とくらべてレッサーパンダがいちばん見やすい。どこで見ても同じで、室内で黙々とエサを食べていたかと思うと、外に出ればきまった道筋をやはり黙々と歩きまわる。ただ一頭「ももたろう」という名前のついた、一匹だけヘンに情けない顔をしたのだけが、ときたま立ち止まって客の方を不思議そうにながめる。黒い毛におおわれた短い足でちょぽちょぽ歩きまわるのが愛らしく、半時間ほどカメラを構えながら見入っていた。年がいもなく「ふれあい広場」にも入ってみた。低い金網でかこまれた広場にウサギやハツカネズミ、ひよこが放し飼いにしてある。遠慮なしにウサギとたわむれているお子様たちのじゃまにならぬよう、椅子の下や広場の隅にうずくまっているウサギに近づいていった。シャッターチャンスをうかがってウサギの前にゆっくりしゃがみこむと、勝手にひょこひょこ脚の間に入りこんできて、ズボンのすそをしきりに嗅ぎはじめる。そのままウサギは僕のスニーカーの上にすわりこんでしまい、近すぎて写真にならない。何を思ったか二本の前足を僕のひざにちょこんとのせ、あたりを気にしながら鼻をひくひくさせる。また反対のひざに前足をのせて同じことをくりかえす。ウサギの脚をふみつけないようにゆっくり立ち上がると、走り去っていった。
■織田作之助『夫婦善哉』(新潮文庫)では他に『世相』と『競馬』がよかった。競馬と言えば今週は有島武郎『カインの末裔』も読んだ。もう一度読み直したくなるほど良かった。それからなぜか今ごろセルバンテス『ドン・キホーテ』(岩波文庫)の全六巻中、前編(一)を読んだ。荒唐無稽で息抜きには最適。