矢野龍渓『経国美談』

■矢野龍渓『経国美談』(岩波文庫)の上巻をほぼ読み終えた。解説によればこの漢文書き下し文体の小説は、龍渓が英国の正史文献を参考にしつつ、古代ギリシアの歴史を『太平記』風の小説にして民権伸張、憲政擁護を鼓吹することを狙ったとのこと。坪内逍遥の『小説神髄』が出る前、明治十六年の作である。
物語は、スパルタの侵攻により寡頭政治に堕したセーベ(テーバイ)を、アゼン(アテナイ)に難を逃れた有志者たちが数年間機の熟するを待って一計を案じ、民政に復帰させるという勧善懲悪の筋で、全くつまらないが、漢文脈のスピード感は読み進めるうち癖になる。
「斯クト見ルヨリ、奸党等ハ絶驚狼狽シナガラモ、兼テ坐辺ニ備ヘ置キタル短剣ヲ抜キ合セ、早ヤ組付カント、飛ビ入リタル有志者ニ、渡リ合イ、刺シ傷ケント、揉合フタリ。十二名ノ有志者等ハ、国ノ為メ、又世ノ為メニ、積モリ積モリシ、多年ノ鬱憤幾ソ干ゾ、ソノ艱難モ、皆是レ奸党ノ為ス業ニテ、今其仇ニ、面リ近ク、出逢フコトナレバ、春待チ得タル優曇華ノ花、咲キ出ル心地シテ、勇気日頃ニ、百倍スレバ、何カハ以テ堪ルベキ、ペロピダス、セヲポンプスノ両人ハ、難ナクポーリアルチ、クリチアースヲ組伏セテ、直チニ縄ヲカケタリケリ」(202-203頁)。
でもさすがにこの調子で下巻まで読もうとは思わない。こうなったら次は成島柳北『柳橋新誌』か。どんどん時代を遡っているような気がして明治二十年代からこちらへ戻って来られなくなりそうなのだが。「橋、柳を以って名と為して一株の柳を植えず。旧地誌に云う、其の柳原の末に在るを以ってなづくなりと。而して橋の東南に一橋有り、傍に老柳一樹有り。人呼んで故柳橋と為す。或ひと云く、其の橋柳有れば即ち往昔の柳橋にして、今の柳橋は即ち後に架して其の名を奪う者と。其の説地誌と齬すなり」(『柳橋新誌』冒頭)。まあ四方田犬彦の『月島物語』とあまり変わらないかもしれない。