ついに携帯型MP3プレーヤを購入した

■ついに携帯型MP3プレーヤを購入した。売上第一位で箱が山積みになっていたソニックブルーの「Rio S10」で、内蔵メモリが64MB。語学の参考書に付属していたCDを、手持ちのラジカセでMDに落としたのだが、トラック数が40もあるので携帯型MDプレーヤで正常に再生できないのだ。しかもその原因が、ラジカセのMDプレーヤなのか、生MDなのか、携帯型MDプレーヤなのかが分からない。同じようなことが今までにもたびたびあったので、MDという記録媒体の脆さに嫌気がさしていたところだった。Rio S10を付属のケーブルでパソコンにUSB接続し、同梱のRealOneというリアルネットワーク社製のソフトウェアを使うと、パソコンのCD-ROMドライブに入れた音楽CDをMP3形式に変換してハードディスクに保存できる。そのMP3ファイルをRio S10に転送すれば作業完了。MDに落とすときのように、CDの演奏時間だけ待たされることもない。約50分の録音をMP3に変換するのに約12分、Rio S10に転送するのに約6分で、時間の短縮にもなる。音質は通勤電車の中での語学の勉強なので、さほどこだわらない。50分の語学CD1枚を落としても、64MBの内蔵メモリのうち60%しか使わずにすんだ。語学の場合、どうしても同じ箇所を何度も繰り返し聞くことになるが、そんなときもMP3プレーヤなら電池の消耗や機械的な劣化を気にする必要がまったくない。Rio S10は単3アルカリ電池1本で35時間再生できる。電池が切れてもただの単3なのでどこででも買える。しかもSDメモリを増設できる。操作性も、必要にして最小限の機能が備わっており、ボタン類も簡潔で、迷うことはまったくない。本体も手のひらにすっぽりおさまる大きさで、衝撃を吸収するための専用ソフトケースが付属し、首からぶら下げたい人にはストラップまで付いてくる(これは僕が購入した量販店だけの特典だったかもしれないが)。とにかくこれは便利。明日から通勤電車での勉強が楽しみになる。
■仮名垣魯文『安愚楽鍋』(岩波文庫)を読み終えた。分量は少ないが、戯作調でとにかく読みにくかった。牛鍋屋でさまざまな職業の老若男女が、すきやきを食べながら勝手なことをくっちゃべるその雑談の内容を文字にしたもので、特に物語はないし、各話のオチも現代人のわれわれにとっては面白くも何ともない。登場人物の容姿に関する描写も単調だし、形式的には戯作文学の延長でしかない。魯文の作品を読みたい方は国立国会図書館の近代デジタルライブラリーでどうぞ。残念ながら『安愚楽鍋』は読めないようだ。参考までに初編(第一巻のようなもの)から少し引用してみる。仮名遣いや送りがな、漢字などは読みやすいように勝手に返させて頂くので、原典を読みたい方は岩波文庫か明治文学全集などを当たってほしい。
■「○西洋好きの聴き取り/年頃は三十四五の男、色あさぐろかれど、シャボンを朝夕使うと見えて、あくぬけて色つやよく、頭はなでつけか、総髪にでもなるところか、百日このかた生やしたるを、右のかたへなでつけ、もっともヲーテコロリと言える、香水を使うとみえて、髪の毛の艶よく、わげは格別大きからず。きぬごろのみちゆきぶりに、とう糸二たねの綿入れまがい、さらさの下着裏は、はりかえしのがく裏なるべし。カナキンではりたる、こうもり傘を、かたわらへ置き、苦しい算段にて求めたる、袖時計の安物を、襟から外して、ときどき時を見るはそっちのけ、実は他の者への見せかけなり。ただし鎖は、金のてんぷらと見えたり。となりに牛を食っている、客に話をしかける。「もしあなたえ、牛はしごく高味でごすね。この肉がひらけちゃ、ぼたんや紅葉は、食えやせん。こんな清潔なものを、なぜいままで、食わなかったのでごうしょう。西洋では、千六百二三十年前から、専ら食うようになりやしたが、そのまえは、牛や羊はその国の王か、全権と云って、家老のような人でなけりゃあ、平人の口へは、這入りやせんのさ。追々我が国も、文明開化と言って、ひらけてきやしたから、我々までが、食うようになったのは、実にありがたいわけでごす。それを未だに、野蛮の弊習と言ってね、ひらけねえ奴等が、肉食をすりゃあ、神仏へ手が合わされねえの、やれ穢れるのと、わからねえ野暮を言うのは、窮理学をわきまえねえからの、ことでげす。そんなえびすに、福沢の書いた肉食の説でも、読ませてえね。もし西洋にゃあ、そんなことはごうせん。この人ござりませんを、ごうせん、ござりますを、げすなど、言うくせあり。あっちはすべて、理で押してゆく国だから、蒸気の船や車のしかけなんざあ、おそれいったもんだね。既にご覧じろ、伝信機の針の先で、新聞紙の銅板を彫ったり、風船で空から風をもってくる工夫は、妙じゃごうせんか。あれはね、もし、こういう訳でごぜえす。地球の図の中に、暖帯と出てありやす国が、あるがね。あすこが、赤道といって、日の照りの近い土地だから、あついことはたまらねえ。そこでもって、国の人が日に焼けて、みんな黒ん坊さ。それだから、その国の王がいろいろ工夫をして、風船というものを造って、大きな円い袋の中へ、風をはらませて、空からおろすと、そのふくろの口を開きやすね。すると、大きなふくろへいっぱい、はらませてきた風だから、四方八方へ広がって、国の内が涼しくなる、という工夫でごす。まだ奇妙なことがありやす。おろしやなんぞという、ごく寒い国へゆくと、寒中は勿論、夏でも雪が降ったり、氷が張るので、往来ができやせん。そこでかの蒸気車というものを、工夫しやしたが、感心なものさね。一体蒸気車というものは、地獄の火の車から考え出したのだそうだが、大勢を車へのせて、車の下へ火筒をつけて、そのなかで石炭をどんどん焚くから、くるまの上に乗っている大勢は、寒気を忘れて、遠道の通行ができやしょう。なんと、考えたものさね。何さ、このれえな工夫は。あっちの手合いは、ちゃぶちゃぶ前でげす。この大千世界のかたちさえ、混沌として毬のごとし、と考えたわさ。その以前は、釈迦如来が須彌山と、名付けたところが、西洋人はまんまんたる、海上を渡って、世界の果てからはてまでを、見きわめたのだから、釈迦坊も後悔したそうさ。そこでもって、海をわたる工夫を、西洋じゃ後悔術と言いやすはな。おやもう、お帰りか。はい、さようなら。「おいおい、ねえさん。生で一合。葱もいっしょに、たのむたのむ。」(岩波文庫p.28~30)