中年オヤジというのはどうして電車の中でああも大股を広げて2人分の空間を占有する勢…

■中年オヤジというのはどうして電車の中でああも大股を広げて2人分の空間を占有する勢いで座りたがるのだろうか。別に自分だけ特別料金を払っているわけでもあるまいし、少し尻をずらせば体の大きな男性とは言わないまでも華奢な女性なら1人十分に座れるだけの空間をあけて見ず知らずの人に通りすがりの親切を施して「まぁこの不況続きの世知辛い世の中でこの紳士は何と博愛精神の豊かな尊敬すべき人物であろうか」と衆人から畏敬のまなざしを集める絶好のチャンスであるにもかかわらず、そのすこし尻をずらすという最小限の寛容ささえ持ち合わせていない狭い狭い心の持ち主であることを平然と露呈して何ら恥と感じないだけの鈍り腐った神経なのだ。公共の場でそんなことを平気でできる品性下劣な中年オヤジに何を言っても始まらないことは重々承知でその背後にありうる合理的な理由を推測してみよう。まず第一に考えられるのは太ももに自堕落からくる脂肪が無闇につきすぎてそもそも物理的にそれ以上閉じることができないという哀れな理由。しかしこれにしても本人が節制をできないことからくるものなのだから、責められるべきはこの中年オヤジ以外の誰でもない。第二に考えられる理由は内ももに万年の皮膚病を飼っていること。しかし皮膚病くらいは治療しようと思えばできないことはない。僕もごくまれに右脚の小指と薬指の股に白鮮菌を飼うことがあるが、発見次第薬剤で駆除して絶対にその日のうちに治療することにしているし、日頃から風呂で必ず脚の指の股をすべて清潔にするように心がけているので通常は白鮮菌に寄生されることはない。日々体の隅々まで清潔にするという一般的な心がけさえあればまず皮膚病を万年内ももに飼うということはありえないのだから、この点についても残念ながら責めは当人にある。もっと言えばたかが皮膚病くらいと自分の皮膚を健康に保つことを、他の何かがもっと重要であるということを口実にさぼっているだけなのだ。中年オヤジが常に持ち出すのはこの「優先順位」というものである。毎日会社で仕事の優先順位や費用対効果ということを耳にタコができるほど聞かされた結果、その優先順位を私生活でも自分の身勝手な嗜好の口実として拝借するようになってしまったのだ。生まれて以来、仕事を離れて人生の価値など哲学的な命題に頭を悩ませたことのない中年オヤジは、会社というところに入って「優先順位」や「費用対効果」などもっともらしい似非哲学を聞かされると、まるでそれが人生すべての真理であるかのようにとんでもない勘違いをし、そのうち「結婚生活も一種のマネージメントだ」などといったうわごとを白昼堂々口走るようになる。そうなってしまったらもう人間はおしまいで、自分がやりたくないことをすべて「優先順位」や「費用対効果」といった口実でサボるようになる。そうなってしまった人間が一般的な生活人の尊敬を集めることができないのは当然のことで、会社以外の場でむしろ軽蔑されるのは自業自得というものである。第三の...と書き出そうと思ったが中年オヤジが大股を広げてしか自分の存在価値を主張できないというのは、自分が人間存在としてもっとも惨めな位置にあることを自ら認めているようなものなのでこれ以上溺れている人間の足首にコンクリートブロックをくくり付けた上で、靴の底でもがいている頭を水中に押し込むようなことはやめておいてあげようと思う。(たまにはこんな「日記」もいかが)