厚生労働省が中高年男性の自殺急増を背景に「自殺防止マニュアル」

■○セラの携帯電話のテレビCMはどうしようもなくセンスが悪いが、もしかすると京セラの役員がチェックを入れているからだろうか。
■厚生労働省が中高年男性の自殺急増を背景に「自殺防止マニュアル」(仮称)を作成する方針を決めたとのことだが、わざわざお役所がそんなマニュアルを作らなくても、自殺をやめようという主旨の書物やテレビ番組はたくさんある。メディアにそれだけ自殺を抑止するメッセージが豊富にあるにもかかわらず自殺者が増加していることが問題なのだから、厚生労働省の対応は、見当違いもはなはだしい。マニュアルを作ったくらいで自殺が減るなら、とっくに減っているはずだ。こんな無駄なことにつぎこむ労力があるなら、規制緩和による雇用創出対策にもっと真剣に取り組んだらどうか。馬鹿らしくて言葉もない。
■好むと好まざるとにかかわらず企業文化の変革を迫られている日本企業は少なくない。ある場合には不祥事のためであったり、また、外国企業の資本参加のためであったりする。企業文化の変革は、社員一人ひとりの考え方の変革が基盤になる。考え方を変えるには、今までの考え方を言葉にして、新しい考え方との違いをはっきりさせる必要がある。しかし日本企業はそもそも、仕事の場で、社員どうし「考え方」を議論しあう風土があるだろうか。むしろ仕事の場では、個人の考え方を表現すべきでないというのが日本企業の風土ではないか。もちろんこれは日本企業に限ったことではないのかもしれないが、いずれにせよ企業文化を変えようと思えば、一人ひとりの社員が自分自身の今までの考え方を言葉に出して、新しい考え方との違いを確認できるような環境づくりが欠かせない。たいていの場合、個人の考え方は仕事の場では抹殺される。こういった風土そのものを変えようとしなければ、そもそも企業文化の変革など不可能だろう。この事実に気づけるほど自分の会社の企業文化を相対化できていれば、そもそも、外圧で文化を変えるような状況に追い込まれなかったに違いない。つまり企業風土を変革しにくかった企業は、まさにその理由で、変革が必要な状況に追い込まれたということだ。そうすると企業文化の変革はつねに不可能に近いという結論になる。すくなくとも社員一人ひとりが、自発的に変化を理解した上で企業文化を変革するのは不可能に近い。残るのは新しい文化をトップダウンで強制するという方法だ。
■東電の原発が一連の不祥事の影響で、点検修理のための停止を余儀なくされ、1973年以来の「冬の節電キャンペーン」を展開するという。個人的には朝鮮民主主義人民共和国が核施設の稼動を再開するニュースの方がよほど心配だ。日本では企業の不祥事が無期限の社会的制裁を受けてしまうが、これは理不尽だと思う。責任者が処分され、対策が講じられたらそれで終わりとすべきだ。仮にそれで終わらないのであれば、どんな対策も無駄だという事実を暗に認めていることになる。発電所の地元の心情的な反発だけのために、東日本全体の経済活動にマイナスの影響が生じるのは、いかに日本人が非合理的かということの証拠以外の何ものでもない。