広津柳浪『河内屋・黒とかげ』

■先週末、近所の市立図書館で岩波文庫を3冊借りてきて、うち一冊、広津柳浪(ひろつれうろう)『河内屋・黒とかげ』(とかげの二文字目がパソコンになかつたので平仮名とした)を4日間で読み終えた。広津柳浪は明治時代に観念小説・深刻小説の一時代を築いた小説家といふ。巻末の解説によれば『河内屋』という明治29年の作品については露伴は絶賛、鴎外も高い評価を与えているらしい。
日本の近代文学史における観念小説の位置づけに詳しくないが、作者の価値観を強く反映した小説で、写実主義の対義語になるやうだ。ただ作者の価値観を反映しない純粋写実などありえない。眉山の『観音岩』は観念小説と言ひながら「社会派」とでも呼びたくなるものだつたし、色恋沙汰ではなく、社会の暗部に焦点を当てたものが観念小説なら、小杉天外の『魔風恋風』だつて観念小説になりさうなものだ。
収録の3作(表題作以外に『骨ぬすみ』)はいづれも悲劇的な結末で、登場人物が泣いてばかりなのには辟易するが、たしかに上手い小説だ。ただ最近の夜のテレビドラマ風の大袈裟な物語の展開に依存する面があり、鴎外等淡々とした展開に心理描写が織り込まれる成熟とは距離がある。物語に依存しないという意味では『骨ぬすみ』がもつともよいと思つた。