先日テレビで大手コンピュータメーカ提供のドキュメント番組を観ていたら

■先日テレビで大手コンピュータメーカ提供のドキュメント番組を観ていたら、名古屋に本拠をおく典型的な年功序列制度の外食産業のレストラン部門に、社外からスカウトされた事業部長がかなりラディカルな成果主義を導入して180%の制度転換に社員が当惑する様子が放映されていた。成果主義はたとえば売上高など数値化可能な成果測定基準を決められさえすればバカでも導入できる。数値だけで人事評価を決められるのだから余計なことを考えずに済み、経営者にとっては非常に運用の楽な制度だ(「心が痛む」ということはあるかもしれないが)。しかし成果主義は社員が一度失敗して降格・減給されたが最後、その社員のモチベーションを回復することが極めて難しい。その社員はますます落ちこぼれになり、早晩自己都合退職せざるを得ない立場に追い込まれる。つまり日本のように労働市場が流動的ではない環境においては、番組で取り上げられていたラディカルな成果主義は人員整理の手段にすぎないのだ。おそらく番組中のあの事業部長はこのことを全く理解していない。流行だからと成果主義に飛びついたものの数値化可能な測定基準を案出できないなどという成果主義導入は論外だが、たとえ数値化可能な基準が決められたとしてもラディカルに降格人事を断行するのは、人間が成果をあげようという気になる「動機付け」という心理的側面を完全に無視した愚行である。ラディカルな成果主義を安易に導入する経営者は、複雑なことを考えるだけの能力がない人間だと考えて間違いない。
■ついでに先日まで日本経済新聞の朝刊1面左上に「いつまでも正社員による会社経営にこだわっていてはダメだ」という主旨の連載があった。ここでわざと「ダメだ」というあいまいな言葉で要約したのは、この連載がほとんど読むに耐えない日経記者の自己満足的連載だったためである。この連載ではしきりに正社員よりも派遣やパート・アルバイトへの権限委譲による有効活用、あえて派遣という労働形態を選択する人々の肯定的なコメントが、新左翼のパンフレットを読んでいるのかという錯覚におちいるほどイデオロギー的に書かれていた。この連載の執筆記者のみなさんにひとこと言いたい。「じゃああなたたちが真っ先に日本経済新聞社に辞表をたたきつけてフリーライターになりなさい」と。それくらいの覚悟がないなら経営側の御用記者のような記事は書かないでほしい。個人的に思うのだが、社会にとって雇用がもつ意味は経済的なものだけではない。治安のよい安全な社会を維持するために雇用の安定性は必須である。社会学的な観点もふくめた大きな枠組みで雇用問題をとらえられない人間に「さらば正社員」などといった主旨の記事を書く資格はない。