某大手企業がロータス・ノーツを使った社内の情報共有システムをマイクロソフト製品に…

■某大手企業がロータス・ノーツを使った社内の情報共有システムをマイクロソフト製品に全面移行しようと努力していたのは2年前。最近その後のうわさが耳に入ったのだが、実際にはExchange2000は電子メールとしてしか使われておらず、依然として情報共有ツールとしてノーツは健在とのこと。下手にマイクロソフト製品に移行しようとしたために、情報共有化ツールと電子メールが別製品という愚かしい事態になってしまったらしい。マイクロソフトの喧伝に踊らされず、もう少し綿密にフィージビリティー・スタディーをやるべきだったのではないかと思う。なお同社はシステムインテグレータのようなこともやっており、当時取引の会った顧客企業にもノーツからExchange2000への移行を提案していたというから、かなりお寒い状況ではある。
■先日、近所のロッテリアで昼食をとっていると隣のテーブルに母子づれがやってきた。母親の方は人間とはここまで肥満できるかというほどの体形で、伸ばし放題の髪はボサボサ、肌は垢汚れに黒ずみ、青のスェット上下にピンクのビーチサンダル。息子は6、7歳くらいでピンクのスェット上下、暑いのだか知らないがスェットの中に手を突っ込んでしきりに脱ぎたがっている。フライドポテトだけを注文したトレーをテーブルに置くと、母親はトレーをわきによけてテーブルの上にいきなりポテトをぶちまけた。息子は散乱したポテトをつまみ上げたり、テーブルの上にじかに唇を這わせたりして食べ散らかし、母親は床に落ちたポテトを後から拾っていく。飲み物は注文しなかったらしく、母子ともカバンに入れてきた水筒から凍らせた麦茶を喉を鳴らして飲んでいる。母親は両手を椅子に突いてひっきりなしに上体をゆらゆらと左右にゆらし、息子も黙々とポテトを食べつづける。無言のままで食事をする様子は人間の姿というより動物園で見るオランウータンのようだった。その母子が立ち去ってしばらく後、こぎれいな服装をした少女の姉妹が同じテーブルにやってきて「何だかきたなくなってるよ」と小声で言い合っていた。後から来た父親がナプキンで手早くテーブルの上を拭いた。そのロッテリアの近辺に広がる廃墟のような公営団地群を散歩して写真をとるつもりだったが、やはりやめにした。廃墟には廃墟にしか住めない事情をかかえた居住者がおり、それを興味本位で写真におさめることはできないと思った。
■昨晩あるテレビ番組を見ていて「注目する事実を発見!」というスーパーが画面いっぱいに映し出された。もちろん正しくは「注目すべき事実」である。この番組は取材VTRの内容を要約しながら進行されるのだが、その要約の文書が妙に格式ばった「~と心得よ」などの文語調になっている。そのくせ「注目する事実」などという間違った日本語を平気で画面に大写しにするのだから、テレビ業界関係者の日本語力低下も救いようがない水準に達している。
■横浜の花火に出かけて行き当たりばったりで三脚なしの花火撮影をした。f5.6、3″~6″、フジカラー SUPERIA 100。みなとみらい・クイーンズスクェアの表にある非常階段のような階段の途中に立ち上がって両手でしっかりカメラを構え、シャッターを押すたびに手ブレを起こさないように息を止め(健康診断のレントゲン撮影を思い出してしまった)1時間強撮影しつづけた。結果手ブレ写真は全体の3割くらいにおさまったが、例外なく像が小刻みにブレている。階段が鉄筋コンクリートではなく鉄製のため、少しでも高い位置から花火を見ようと客がひっきりなしに階段を昇っていくものだから、足場そのものがビリビリと震えつづけていたのだ。それに大観覧車ごしに花火を見ていたのだが、打ち上げ時間中、観覧車の電飾は消えていたとはいえその骨組みに反射した遊園地の明かりが花火におおいかぶさるように写っていた。花火をきれいに撮るなら横着せず視野に障害物のない場所を確保して、安定した地面に三脚を立てて撮影しましょう。ちなみにシャッターのタイミングを外している写真がほとんどなかったのは救い。
■過去の日記についてざっと「検閲作業」を行なっていたのだが、現在の日記との文体の違いに愕然とする。過去の文体の方がかなり軽い。もちろん最近は意図的にきっちりした日本語で書く努力をしているということもあるが、過去の僕はあえてリラックスした文体を選択していたわけではない。やはり根っこのところで保守化しているということなのだろうか。