武者小路実篤『お目出たき人』

■まだある。武者小路実篤を筑摩書房・日本文学全集第20巻で読んでいる。今のところ『お目出たき人』を読んだだけだが、はっきり言ってショックである。僕は今まで武者小路実篤を読んだことがなかった。しかし小中学生の夏休みの推薦図書にでもなりそうな随分と健全な小説を書く人だろうと思っていた。
ところがこの『お目出たき人』という明治44年の小説は、作者が志賀直哉らと『白樺』を創刊する2か月前に書かれたものだが、26歳でいまだ童貞の主人公が片思いの女性、鶴との夫婦生活を空想しながらも鶴と直接の接触を持つことなく悶々と過ごす。
冒頭近く主人公は書く。「自分は女に飢えているのだ」。なんと身もふたもなく直截な表現だろうか。最後には鶴は相思相愛の男性と結婚するのだが、それでもなお主人公は鶴が自分を思いながら望まぬ結婚をしたのだと妄想し続ける。同時に主人公は自分のことを淫欲に負けることなく道義的に生きている人間だと主張する。健康だと主張すればするほど病的になるという矛盾をおしげもなく露呈している、『お目出たき人』はそんなとんでもない小説だったのだ。
実はまだこれから金子光晴を読まなければならない。純文学ばかり読んでいるとストレス発散どころか精神的に鬱屈してくるが、読書がいちばん金がかからないのだから仕方なかろう。