僕の「リスペクト」する数少ない読者から昨日の「リスペクト」に関する記述でご指摘を…

■僕の「リスペクト」する数少ない読者から昨日の「リスペクト」に関する記述でご指摘を頂いた。リスペクトとは米国のヒップホップ系ミュージシャンがよく使う語彙とのこと。安室の曲名は小室によるその語彙の受け売りと通俗化だろうということだ。なるほどヒップホップが起源ということでその含意がなんとなく理解できた気がする(最近こういうあいまいな文末表現が多くなっているような気がしないでもなきにしもあらざるべからざる...)。音楽という特定の表現手段を通じて認識できる他者の思想への共感が基盤になっていることからすると、リスペクトとは抽象的な思想への敬意でもなく、自分と異なる存在としての他者への敬意でもなく、自分と共通点のある存在としての他者への敬意なのだろう。しかもこのリスペクトには純粋な思想上の同一性だけではなく、肉体的な側面の同一性も前提されている。ここでいう肉体的な同一性は、人種、年齢などといった属性のことだ。また完全に対等ではないが、崇拝というほど上下の落差もない関係のようだ。さらにリスペクトはするが自分自身の独立性を捨てるつもりはないという含意もありそうだ。したがって昨日あてた「尊重」という訳語は不適切だし、「敬意」という訳語も服従の含意が強くなりすぎるのでうまくない。なるほどリスペクトとしか言いようがない。