尾崎紅葉『多情多恨』

■昨日、尾崎紅葉『多情多恨』を読み終えた。『金色夜叉』に比べれば大したことないだろうとあまり期待せずに読み始めたが、どうしてこれが新潮文庫に入らないかと思うくらい面白い作品だった。下記にもあるように主人公が最愛の妻を失った絶望から、友人の妻との交流を通じて次第にふつうの日常を取り戻していく心理的な変化の過程がていねいに描かれている。
社会と個人の対立、利他と利己の対立といった図式がない分、さすがに漱石のような意味での近代性は皆無だが、明治初期に台頭した恋愛を基盤とした結婚生活という中流階級の新しいライフスタイルを心理面から描写することには見事に成功している(もちろん自由恋愛を前提とした結婚というのも後年のフェミニズムからすれば一つのイデオロギーなのだが)。
坪内逍遙の『当世書生気質』が明治20年、『多情多恨』が明治29年。たった9年間でこれだけの心理描写の深化と、言文一致体の可能性の広がりを見た明治20年代とは日本文学にとって今からは想像できないほど劇的な変化の10年間だったのだなぁと実感できる。