川上眉山『賤機』(しずはた)

■ひきつづき明治文学全集で川上眉山の『賤機』(しずはた)を読んだ。別荘に逗留した貴婦人に、とある山荘の若い管理人が許されぬ恋愛感情を抱き、ついには東京まで追いかけて来たのを、貴婦人がその一途な思いを憐れに思い下男として雇ってやった。
華族に生まれたばかりに望まぬ結婚をして表向き幸福な妻を演じなければならない貴婦人は、管理人との飾らぬ交流に一時の安らぎを得たのだ。だが男が断ち切れぬ思いをなお彼女に吐露するのを悔悟させるべく、一人前の人間として姉妹のように対等に語り合えるまで姿を現すなと暇を出す。
数年後、上野の美術館に展示された釣り人と美女の見事な水墨画が東京中の評判となった後、密かに貴婦人宅に寄贈されたが名前は紛れもなくあの男。その画題はまさに二人が出会った場面だった。しかし男はついに貴婦人の前に姿を現すことはなかった、というお話。
叶わぬ恋を思い切ることから学問のない男が水墨画に人生の意味を見出すというとてもポジティブな話なのだが、全集の解題には華族に生まれながらわが身を嘆く貴婦人の姿に眉山の厭世観を見ているのはちょっと不公平な評価ではないか。テーマに沿った端正な文体も素晴らしい。眉山は文学史に厭世による自殺者として登場しないわりに、実際読んでみると期待以上の作品だ。