学生時代の友人の結婚式に出席した

■学生時代の友人の結婚式に出席したが、同じ研究室の仲間がまったく変わっていないことに驚いた。というのは正確ではなく、8年という時間の経過から自分が期待していたほどには皆変わっていなかったというだけのことなのだ。現実には皆変わっている。毎日のように研究室で顔を合わせていた頃と違って、お互いの知らないところでそれぞれの時間が確実に流れている。結婚式の短い時間で知り得る範囲は自分が相手に変わらなくあってほしいと期待している部分でしかなく、変わっている部分がそう容易には認識できないだけのことだ。だからといってお互いの変化を理解できないほど変化しているわけではない。「あいつは誰だ?」ということはない。22歳を過ぎてから原型をとどめないほど変化することなど普通の人間にはできないというだけのことかもしれない。。
■坪内逍遥『細君』(現代日本文学全集1『坪内逍遥・二葉亭四迷集』筑摩書房)、『清治湯講釈』、『京わらんべ』(明示文学全集16)を読む。『清治湯講釈』『京わらんべ』は立憲政治をテーマにした啓蒙的な寓話。『清治湯講釈』の「清治」とは「政治」のシャレで、ガマの油売りではないが、この「清治湯」という妙薬を飲めば憲法や国会とは何ぞやということがよく分かるよ、と薬売りが庶民にも理解できる平易な例え話で当時設立を控えていた議会制度について説明するという物語。『京わらんべ』は日本国の象徴としての男性主人公が、権利や自由の象徴としての女性と許婚でありながらついに破談になるというスラップスティックな物語。この2作品はいずれも政治に関する啓蒙書で、逍遥の写実主義小説とはまったく別系統の寓話的な作品群とされている。逍遥の教育者としての側面がよく現れている。『細君』は逍遥最後の小説。最後の小説と言っても31歳のときに発表されたもの。ある夫婦の破局を描く。依然として三章では作者の説明が冗長だが、一章は小間使の少女の視点から夫婦の冷えた関係を描き、二章は妻自身の視点から描くという、凝った構成になっている。『当世書生気質』や『妹と背かゞみ』と違い、問題なく僕らの抱く現代小説の概念にあてはまる佳作。