数年前は転職のために情報技術者関連の資格を取ることに熱心だった

■数年前は転職のために情報技術者関連の資格を取ることに熱心だったが、最近は不況下での雇用不安に乗じた資格ビジネスにうんざりだ。先日第一回合格者が発表された「マンション管理士」もマンション管理組合に関する法制度の変更が生み出した官製ビジネスといった感じで、別に取得したからそれで生活できるといった資格ではない。「ITコーディネータ」だってどこまで世間に認知されるか分かったものではない。公認会計士や税理士、弁護士、不動産鑑定士などそれ自体が職業として確立している資格なら、費用と時間をかけて取得してもそれなりにペイするだろうが、官製ビジネスとしての資格試験に踊らされて個人として何の利益があるだろうかと疑心暗鬼になってしまう。情報技術の世界を例にとれば、情報処理技術者試験に合格するための知識は実務者として最低のラインであって、それに加えて、プレゼンテーション能力であったり、他人を説得する力であったり、グループをまとめる力であったり、自分の知識を個々の組織の中で具体的な成果につなげるための能力が求められるのではないか。
■昨日のP2Pにかんしてこちらの論旨を完全に誤解した「反論」が届いたので少し補足しておきたい。まず「企業システムに利用できるという議論は極めて疑わしい」と書いただけで、なぜ僕が「企業システムに利用できないものは価値がない」と考えている証拠だと判断されてしまうのか理解に苦しむ。僕は企業内で情報技術を利用する立場として「企業の外のことはよく分からないので言わずにおくとして、少なくとも企業の内部ではP2Pはあまり使えないだろう」と謙虚な判断を下しているだけなのだが…。そしてDNSのようなインターネットの名前解決のしくみが「分散システム」であることはよく承知している。しかしクライアント・サーバ・システムというのは「サーバの方が台数が少なく大きな機械で、クライアントの方が台数が多くて小さな機械」ということではない。「何らかのサービスを提供するのがサーバで、そのサービスを受けるのがクライアント」ということだ。この厳密な定義にそって考えれば、P2Pとはたまたまほとんどすべての機械が同時にクライアントでもありサーバでもあるという事態を指している。P2Pが登場したからといってコンピュータがクライアント(サービスを受ける機械)とサーバ(サービスを提供する機械)というパラダイムから逃れられる訳ではない。そういう意味でP2Pはクライアント・サーバ・システムというしくみのスペクトルの一部を構成するアーキテクチャにすぎないと書いたのである。
■さらに付け加えれば、情報技術の世界の人々がどうしてたかが情報技術のアーキテクチャを政治的に語るのか、僕にはどうしても理解できない。たとえば「P2Pがグローバリゼーションに反する政治的含意を持っている」という言明は自己矛盾である。P2Pという言葉の意味さえ分からない(分かろうとしない)人々がより反グローバリゼーション論者らしくはないだろうか。そもそも情報技術を利用すること自体がグローバリゼーションへの幾分かの加担であって、P2Pに加担することやLinuxに加担することが政治的に右であったり左であったりという議論そのものがまったく無意味なのだ。