どこまで信頼できるかわからないが15歳から69歳までの全国の日本人に調査した電通…

■どこまで信頼できるかわからないが15歳から69歳までの全国の日本人に調査した電通の「全国デジタルライフスタイル調査」によれば、自宅や職場、携帯電話など少なくとも一つ以上でインターネットを利用している人が、ついに全体の過半数を占めたという。Mbps級の高速回線といえば昨年までは職場でしか体験できなかったが、インターネットそのものが日常になり、電子メールやWebブラウジングも特別な趣味ではなくなった。しかし技術の進歩に追随できる速度は年齢差が大きく、「俺はパソコンなんて使えない」と居直る管理職は相変わらず存在する。ビデオ予約が出来なくても仕事には困らないが、パソコンが出来なくては会社役員でもなければ収入に響く。今までにこれほど世代別の利害に直結する応用技術があっただろうか。電子化されたコンテンツが増えるほど、ネットを日常的に使いこなす人々とそうでない人々が体験する世界の様相はかなり違ってくる。どちらの生活が「良い」かということは時代と地域の価値観が決めることだから、居直りつづける管理職は農村で土仕事でもしなければならないかもしれない。
■集中か分散か。極言すれば適材適所ということになるのだろうが、首都機能の話ではなく電子データの話だ。分散によって回避されるリスクと高まるリスクがある。回避されるのは情報損失のリスクで、高まるのは情報漏洩のリスク。情報管理をどれだけ厳密に考えるかで採用できるアーキテクチャもまったく異なる。その意味でP2P(peer to peer)が企業システムに利用できるという議論は極めて疑わしい。非同期のコミュニケーションはある程度の遅延を許容するので、情報交換はハブの役割を果たすサーバに集中させた方が効率がいい。電話を考えてみればよい。郵便や宅急便は有形の物体の配達なので情報システムと比較できないが、電話はその誕生から100年たった今でも集中型である。しかも電話は同期型のコミュニケーションだ。トランシーバが電話に換わるだろうか。携帯電話に課金システムが不要だとしても、電話機の中に交換機を組み込むわけにはいかない。P2Pが普及しても結局名前解決やルーティングの機能は個々の端末に組み込むより、ある程度「集中」させざるを得ない。名前解決やルーティング機能を持たせる機器に、その仕事だけをさせるのはコンピューティング資源の無駄である。じゃあデータ配信の機能も持たせよう、ということになれば結局のところP2Pが広義のクライアント・サーバ・システムに逆戻りである。P2Pというのはクライアント・サーバのようにコンピューティング・システムの基本的なアーキテクチャを現しているのではない。クライアント・サーバというアーキテクチャの一部分を構成しうるコンポーネントに過ぎない。逆に言えばクライアント・サーバなしにP2Pは成立しないのだ。陽気な米国人の熱狂に流されない冷静な頭脳を持とう。