夕方の真っ暗な道で考えたこと

■夕方の真っ暗な道を帰りながら、僕は何のために生きているのだろうかという疑問がひさしぶりに頭をよぎった。誤解のないように言い添えれば、死にたいわけではない。生活に忙殺されていると「より良く生きる」ということを忘れがちなのだ。
仕事は数年単位の短期的な目標(ビジネスの世界で数年というのは短期ではなく中長期だが)を与えてくれるため、それにかまけているだけでも年月は瞬く間に過ぎていく。しかし「何のために生きるのか」という問いは十年単位の問いである。
もし家を買って、子供を育ててという他人と同じような生活のためだけに生きるのなら、神様か仏様か知らないが僕を僕としてこの世に生まれさせた存在に対して申し訳が立たない。そのような超越的な存在者に頼るまでもなく、僕は何らかの点で他人とは違うことを表現しながら生きる義務があると考える。存在の横溢なしにただ生活するだけなら自分を匿名の存在であると認めることになり、生きている意味がない。ではその溢れ出す部分とは一体何なのだろうか。