日経の今日の記事に奇妙な記述を見つけた

■日経の今日の記事に奇妙な記述を見つけた。「技術情報をネット上で公開したところ、これまでに情報を利用するため閲覧登録をした人は約千八百人に達し大きな反響を呼んでいる」。本屋CDが1,800売れたといって誰が「大きな反響」というだろう。「技術情報」というのは科学技術振興事業団北野プロジェクトのものだが、日本のネット人口も今や数千万人台、そのうちたった1,800人しか閲覧登録していない事実が「大きな反響」だろうか。この記事を書いた日経新聞の記者がいかにIT音痴かということがよく分かる下りである。
■日本で広告代理店をはじめて本格的にとりあげたルポルタージュ、田原総一朗『電通』(朝日文庫)を読んだ。1984年刊で1980年前後の状況を中心に描かれているため現在の電通の状況とは大きく異なるのかもしれないが、以前に古本屋で仕入れてあった本書を読むきっかけはこうだ。テレビ番組に妊婦の登場する頻度が最近多くなったような気がする。「子育ても悪くない」なんていうコピーの自動車のCMもあったりする。これは雅子さまご出産のお祝いムードで少子化を解消しようという一大キャンペーンではないかと直感したのだ。自分でも深読みしすぎとは思うが、出産関連ビジネスの活性化で景気浮揚を期待する企業や政府の利害が一致すれば、広告代理店が「産めよ殖やせよ」ムードを演出するのもビジネスとして儲かる案件と言えなくもない。同書には過去の政府の政策展開に電通が深く関与していることをにおわせるエピソードがいくつか紹介されている。メディアの一受容者としては軽重問わずその手の情報操作に乗せられないだけの見識が必要だと考えた。
■一方でちくま文庫版の森鴎外全集第3巻『灰燼 かのように』を読んでいた。今まで読んだことのない鴎外の短編に触れた。『蛇』『鼠坂』など怪奇ミステリーっぽい作品は冷徹で合理主義的なテーマ選定がほとんどの中で異彩を放って興味深い。『蛇』においては狂人と化した女主人、『鼠坂』においては陵辱の上に殺された中国人女性が神秘的なものや怪奇現象の要因にされている点が家父長的な性差観を濃厚に反映している。日本人が大陸で行きずりの中国人女性を陵辱した経験を宴席の暴露話に明かされるという設定の『鼠坂』は当時の一般的な日本人の中国観を露呈している。これら政治的トーンが鼻についてくるのは鴎外が意識的に文学に政治を持ち込むまいとしながら、不可避的にある種の政治色に浸透されてしまっているからなのだろう。