学校では教えない石川啄木

■子供の頃にしか名作に出逢えないのは不幸だ。筑摩書房『啄木全集 第三巻・小説』を借りている図書館の貸出し冊数がもう上限の3冊に達しているので(あとの2冊は鴎外全集と小杉天外)、別の図書館から講談社『豪華版 日本現代文学全集 15 石川啄木集』を借りてきた。
日記と『弓町より』他の評論が読みたかったからだが、一作家一冊の文学全集なので当然『一握の砂』『悲しき玩具』も収録されている。小学生の頃、国語の教科書に載っていたのは「東海の小島の磯の」や「たはむれに母を背負ひて」などのみ。担任の教師を通じて学ぶことができるのは「貧乏と孤独の中にあっても親孝行で実直な青年」というニセの石川啄木像である。
日本の学校教育で純文学が生徒に忌避されがちなのは、文学の浪漫主義的側面をあまりに強調しすぎるからではないか。『弓町より』を読んでも分かるように啄木はむしろ詩は「人間の感情生活(中略)の変化の厳密なる報告、正直な日記でなければならぬ」と考えていた。
「いつも逢ふ電車の中の小男の/稜(かど)ある眼/このごろ気になる」
「考えれば、/ほんとに欲しと思ふこと有るようで無し。/煙管をみがく。」
「猫の耳を引つぱりてみて、/にやと啼けば、/びつくりして喜ぶ子供の顔かな。」
日記のように短歌を書いてベストセラーになった人があったのに、啄木が教科書にしか登場しないのは、教育の中で文学がわざわざ「高尚で近寄りがたいもの」として紹介されているためではないか。こういう事態こそまさに啄木が拒絶した文学の在り方で、死してなお啄木は生前の恨みと闘わなければならないハメになっているわけだ。でも高橋源一郎大センセイ(このセンセイにはニャンコ先生くらいの重みしかないのだが)のお蔭で三十を過ぎてから再び啄木と出逢うことができたことの幸福。