文学は何か別のもののために存在するものではなく

■文学は何か別のもののために存在するものではなく、それ自体で存在価値のあるものだ。文学はそれ自体で存在価値があるものではなく、それ自体にいったい存在価値があるのかどうかを自分自身にたえず問いかける行為そのものだ。だからこそ文学は、この世に真実と呼びうるものがあるとすれば、その真実を問う「場」たりえている。哲学もまた同じ。というよりほんとうは同じ行為を、ある見方では文学、ある見方では哲学と言っているだけなのかもしれない。ところで情報システムは何かのために存在するのでなければ無意味だ。その「何か」とは文学や哲学が問い続けている「何か」である。情報システムがいかに技術としての洗練や複雑さを高めようと、いつまでたってもそれ自身で存在価値があるといえるものではない。情報システムにたずさわる人たちは情報システムの向こう側にあるものから目を離してはいけない。それが情報技術者としての最低限の「職業倫理」だと思う。そして忘れてならないのは、一企業で働く情報技術者が情報システムの向こう側に見ることができるものは、せいぜいその企業の利潤の最大化程度のごく下らない目的だということだ。
■こういうことをホームページに書くと、それをいちいち言質にとるおバカさんがいるが、僕がいったい何のためにこのホームページを作り、書き、そしてもう5年も経ているのか、もっとよく考えるべきだろう。