世の中、最先端の技術のおかげで便利なようでいて不便なところがある

■世の中、最先端の技術のおかげで便利なようでいて不便なところがある。先日、循環器系の精密検査をするはめになって(結果は「まったくの健康体」だったのだが)24時間心電図を記録する装置を身につけて1日過ごした。上半身のあちこちに電極をべたべた貼りつけられるのはしかたないと覚悟していたのだが、記録装置を目にしたとき、僕は率直に告白して強いノスタルジーを感じた。今から20年近く前、はじめてパーソナルコンピュータを手にしたとき、電子データの記録装置は音楽用のカセットテープだった。それも2400ボーなどという、今ではその正確な定義も忘れてしまった記録速度のレコーダーから、ちょっとしたゲームを読みとるだけで30分近い時間がかかった。今ならハードディスクが「ガガガ」と鳴るだけであっという間に起動できるようなプログラムを、当時は数十分かかって読み込ませなければならなかったのだ。総合病院の検査室で僕が目にしたのは、まさにそれと同じ物だった。つまり心電図を24時間記録する装置はダサダサのウォークマンのような形をしていたのだ。記録を始めるとテープがゆっくりゆっくり回転し始める。これをベルトで腰にしばりつけて1日生活する苦痛は容易に想像できる。シャツのお腹のあたりがぽっこりふくらむので恥ずかしくて街も歩けない。いっそのこと服の外に出してウォークマンだと言い張ろうかと思ったほどだ。少し考えてみればわかるように、今の世の中にはもっとスマートな記録装置が山ほどある。音楽用テープ1巻に記録できる容量なら、ソニーのメモリースティックか松下電器のSD1枚で十分だろう。最先端の技術をつかえば記録装置そのものをお腹にペタリと貼りつけられるくらい小型化することなど何でもないはずだ。検査結果の分析だって、読み出し速度に限界のあるカセットテープと、一瞬にしてデータ転送できる半導体では雲泥の差だ。この心電図記録装置のローテクぶりは日本の医学界と自民党の癒着構造か何かに関係するに違いないと思いながら過ごした1日だった。