井田真木子『フォーカスな人たち』

■近所の市立図書館で『フォーカスな人たち』(井田真木子著・新潮文庫)を手にとり、冒頭の黒木香・村西とおるの部分だけを読んでいたのだが、家庭用VHSビデオデッキ普及の起爆剤になったのがクリスタル映像作品の販促用ダイジェスト版(20分)であり、レンタルビデオという業種が成立したのがそれまでいかがわしいアダルトショップで購入するより他なかったアダルトビデオがレンタル化されたことによるのだとすれば、TSUTAYAの急成長もこの二人の出逢いなくしてはありえなかった歴史だったかもしれないというような下らないメディア史豆知識はどうでもいいとして、今頃40歳になっているであろう黒木香が厳格な両親の束縛によって押しひしがれた自我を解放しようと検討ちがいの世界に飛び込んで、ほどなく表舞台から姿を消し、村西とおるとも離別し、ふたたび実家にもどって抑圧の5年間を過ごした後、安宿を泊まり歩く生活の末、2階の窓から「事故」で転落して車椅子の生活を強いられたその後、いったいどうなったのか今はこの本の著者とて知る由もないのだろうが、アダルトビデオを観ることや出演することをファッションにしてしまった『SMっぽいの好き』で貝の形をした笛を吹いていた中年女性が、静かではあるがひっそりした生活をいったいどのように送っているのだろうと想像するに、人生の底にひっそりと横たわる虚無の深淵を垣間見た気がする。