櫻井よしこ『日本の危機』

櫻井よしこ『日本の危機』(新潮文書)を読んだ。以前、櫻井氏の話を生で聴いてから一度書かれたものを読んでみようと思っていたので、市立図書館で借りてみた。単行本ではなく廉価な文庫本だが書店で買う気にはそもそもなれなかったので。
政官の癒着、真実の究明に怠慢な日本のジャーナリズムなど、紋切り型で無味乾燥な「怒り」のジャーナリスト的言説が日教組批判・朝日新聞批判・人権団体批判という右翼的言説の衣をまとっている。書かれてあることはしごくもっともで現実に無知な僕が反論する余地はないが、この国の大多数を占める日本の危機に無関心な人々を揺り動かして既得権益と闘うのに、果たしてこんな正攻法が有効なのかきわめて疑わしい。
この本の欠点の一つは党派色が濃すぎる(あまりに右翼的すぎる)ために氏の言葉が届く層がそもそも限定されてしまうことであり、もう一つの欠点はあまりに真面目すぎる、正攻法すぎるということだ。櫻井氏は一般的な日本人と自分がいかに異なるか、自分がいかに右翼的か、自分がいかに真面目すぎるか、その距離や他者性といったことに無頓着なのだ。
実際、本書の諸処に描写される櫻井氏と、櫻井氏の批判する相手とのやりとりの履歴から読みとれるのは、氏自身の弁明にもかかわらず、結局のところ氏が「対話」を拒否しているということだ。氏は拒否しているのは相手の方であって、自分はつねにオープンマインドだと弁明するかもしれないが、問題なのはその場その場の経緯や事実として相手が拒否しているように見えても、相手からすると櫻井氏とは話し合いの余地がないことがあらかじめ分かっているためではないのか。
つまり氏は事実としてオープンなスタンスなのかもしれないが、実際には対話の意思がないことを著作や執筆活動を通じて日常的に世間に露呈しているということだ。本当に氏が日本の危機を救いたいと思っているなら、おそらく氏の戦略は間違っている。