多くの人たちは形式よりも内容

■多くの人たちは形式よりも内容、器よりもその中身が重要だと考えがちだが、実際には内容より形式の方がはるかに重要な場面がある。ナレッジマネージメント(KM)はその最たるものだ。KMの初めの一歩は知の形式化、つまり業務上発生する雑多な情報(書類やノウハウ)を一定のルールにもとづいて整理整頓することだ。この「初めの一歩」において重要なのは、情報の中身ではなく、決められた整理整頓のルールを皆がちゃんと守るということだ。ルールを守るのが苦手な人々、ルールを破ることで評価されるような組織では、この「形式化」の習慣を定着させることは極めて困難である。大企業のように整然と階層化された組織なら、厳格な書類整理のルールを作ってもそれほど困難なく運用できる。組織自体がルールを定着させていける「かたち」をしているし、そもそも大企業にはルールに従順な人間が多いからだ。逆に、プロジェクト型の組織でしか仕事をしたことがない組織にとっては「決められたルールを守る」という大企業の社員にとってはごく当たり前のことさえ定着が難しい。KMのようなマネージメント手法は一見華やかで革新的だが、その初めの一歩は結局のところ「整理整頓」というごくごく当たり前のことができるかどうかにかかっている。思い出してみてほしい。「6シグマ」の初歩であるTQMだって、その第一歩は職場の整理整頓から始まるのだ。工場に並んでいる部品箱をきれいにそろえる。使ったものは元の場所にもどす。バカらしいことだけれど、整理整頓は効率性を実現する必要不可欠な初めの一歩なのだ。では「書類の整理整頓」にITが必要だろうか?いいや。必要なのは日ごろから職場の書類棚を整然と保つ心がけと習慣だ。決められたルールをちゃんと守るしつけができているか。自分勝手な工夫をしてルールを有名無実化させていないか(JCOの事故を思い出そう)...などというと非常に低レベルな話のように思われるかもしれないが、それさえできない組織にKMも6シグマもできるわけがない。中堅企業の自由闊達な雰囲気が大企業の組織力に生まれ変わろうとしているとき、社員はいままでの質実剛健(=なりふりかまわず中身重視)の発想から、形式美(=効率性重視)のワーキングスタイルに脱皮できなければならない。その過渡期に求められているのは、自分を抑えてルールを守るというごく当然の習慣づけなのである。そうして形式化の関門をくぐりぬけた後に初めて、蓄積するナレッジの高度化(中身の問題)を議論できるレベルに達するのだ。