NEC提供のTV番組で幕張のディスカウントストア戦争のドキュメンタリーがあった

■NEC提供のTV番組で幕張のディスカウントストア戦争のドキュメンタリーがあった。日本のドキュメンタリーは経済ネタを扱っても最終的には浪花節になってしまうので面白くない。この番組でも外資系と福岡系(?)の対比が際だっていた。カルフールのスタッフが顧客の購買意欲をそそる店内装飾について洗練された議論をしている一方で、MrMAXのスタッフは連日の徹夜で疲弊してチラシの価格表示でつまらぬミスを犯したり、雑然とした商品棚を忙しさのあまり放置して顧客の心証を悪くしている。年商1兆5000億円の世界的チェーンと北九州のローカル企業の差と言えばそれまでだが、何事も合理的にしか解決しない外資と、何事も根性でしか解決できない日本の中堅企業の経営効率は歴然たるものがある。MrMAXがそこまで人件費を削らなければ首都圏のライバル各社に太刀打ちできないのは何故だろうか。売れ筋を勘と経験だけで把握しているのではないか。スタッフが手作業で組立ててまで自転車を4000円で売る意味があるのか。そのスタッフの労働時間は自転車の利益を捻出できているか。同じ時間をより付加価値の高い業務に回せるのではないか。MrMAXの内情を見ていると疑問はいくらでも出てくる。しかしこのTV番組のスタッフも経済合理性にはあまり感心がないようで、中国人留学生と職場結婚したというMrMAX新習志野店店長の単身赴任の悲哀を描いてみたりする。そこまで社員の犠牲を払わなければ業績を維持できない日本企業を目の当たりにして、きっと大多数のサラリーマンは「俺もがんばらなきゃ」と励まされるのだろうし、それがこのTV番組のねらいなのだろう。しかし、それではいつまでたっても日本企業の経営効率は良くならないし、日本企業の滅私奉公型組織はなくならないのだ。
■いくらコンピュータの画面が読みやすくなっても僕らが書物の誘惑に抗しきれないのは「再生」という手続きの介入に我慢できないからではないか。絵画や写真、書物はそれそのものが図像や文字を提示しているのに対して、CGやビデオは電子や磁気で一旦記号化されたものを「再生」する。したがって再生のための機器(パソコンやデッキ)が必要になる。「再生」という手続きによって失われるものは以外に大きいのかもしれない。次の技術革新の目標は「再生」をいかに「再生」っぽく感じさせないかということだろう。